レオーネ・アバッキオ × ブローノ・ブチャラティ U

「ここにおいていくのかよオオオオブチャラティ〜〜〜〜アバッキオをひとりぼっちでおいてくのかよオオオオォ――――!おいてくなんてオレはヤダよオオオオオオオオオオ」
 鈍色の空を切り裂くナランチャの悲痛な絶叫が、時の止まったオレの心臓を、破れるほどに突き刺した。

(……全ては……オレの責任だ)
 取り返しのつかぬ真実の重みに、オレは身震いしながら立ち尽くし…血の流れるはずもない下唇を噛み切った。
 無情にも…失って初めてオレは……レオーネ・アバッキオの傷みを理解した!

 ――先の折れた銀髪が、まだ肩の上に浮いていた2年前…アバッキオはオレの前に現れた。
 自嘲気味に歪んだ色の濃い唇で、前歴は警官だと呟いて…アバッキオは挨拶もそこそこに口をつぐんだ。
 それ以上の詮索を、オレは避けた…。
 言外に、ぬぐえぬ過去の暗い影をくみとったから――。

 それは、思いやりというよりは……過去の重みに疲弊しゆっくり死んでいくオレ自身の心を、アバッキオという鏡を通して見せつけられる恐怖からの…無意識の逃避に近かったのかもしれない。

 アバッキオをチームに迎え入れてから、ほどなくして……遠巻きにオレを追う、淡い視線に気がついた。
 年の変わらぬこのオレから仕切られる立場に、不満を抱く様子もなく…何気ない言動の端々に、さりげない好意すらにじませて…アバッキオはいつでもオレの影を踏み、オレの心を探していた 。

「ああ……その……なんだ…」
 ある晩、ふたりきりで車を走らせていたとき…アバッキオはふいに口ごもった。
「なにか?」
 ハンドルを切りながら、オレはミラー越しに一瞥をくれた。
「いや…その参考までに聞きたいんだが…ちょっとした個人的な好奇心なんだが」
 しばらく考え込むように黙り込んだ後…アバッキオは顔をあげた。
「ブチャラティ…あんたはなんでそんなに、オレたちに平等に優しいんだい?」

「……冷たいからかもな」
 BGMを弾き消して、オレはハンドルに指をかけた。
「オレがおまえたち皆に優しくあるのは…裏返せば、チームの誰に対しても、ある意味で無関心な証拠なのかもしれないな…」

「……なるほどけっこう説得力あるな」
 長いコートに覆われたヒザの間に両手首を落として、アバッキオは前かがみにうつむいた。
「だが…うらやましいな……オレにはそんな優しさすら、なくなってしまった気がする……どこで誰が死のうが…たとえこの手足がなくなろうが…この心は動かねえだろう……」

「……アバッキオ」
 鬱蒼と樹々の垂れ込める道端に車を寄せ、オレはブレーキをひいた。
 足もとの陰鬱な空間を、凝然と見つめながら…アバッキオはうめくようにしぼり出した。
「以前オレは…警官になりたいと思っていた…子供のころから……ずっと立派な警官に……なりたかったんだ……かつてあんたのような『優しさ』をもっていた事もあった……
でもだめにしちまった……オレって人間はな……くだらない男さ……なんだって途中で終わっちまう、いつだって途中でだめになっちまう……」

「……フ…フフ」
 狂気じみた虚ろな笑い声が、雨音に閉ざされた車内に低く響いた。
 オレは静かにハンドルから手を離し…アバッキオに腕をさしのべた。
 ――オレには…『過去』という重い手錠につながれた、アバッキオの苦しみがわかったからだ…。
 それを知っていながら……放っておく事は…できなかった。
 アバッキオの孤独と葛藤を…同類として、見ぬふりをして捨て置く事はできなかった……だから『与え』た!

「なんでオレに…抱かせてくれるんだ?」
 鋭い黒髪の影を頬に添え、肩のジッパーをゆっくりとおろすオレに…アバッキオは喜びとも戸惑いともつかぬ表情で問いかけた。
「アバッキオ、それについては…おまえ自身が誰よりも良く知っている事だな……?」
 ベルベット・ビロードの上着を、ゆっくりめくりおろしながら…オレは暗いまなざしで見つめ返した。

 ――だが…深入りを許さぬ底無しの優しさ……それは罪ではなかったか?
 それは……憎悪を投げつける以上の残酷さ…。
 真の愛を求める者に終わりなき渇望の苦しみを与え続ける、優しさという名の拷問ではなかったか?

「どういう事なんだ?ブチャラティ!!説明してもらおう!!何をいってるんだ!?あんたは!!」
「勝手な事を言うがジョルノに惹かれてる…あいつと夢を見たいんだ…ゆるしてくれ……」
 アバッキオに揺さぶられるがまま、オレは顔を横にそむけた。

 喉をしめつけられたようなひきつり笑いを浮かべ、アバッキオは荒々しくオレを押さえつけた。
「ブチャラティおまえフフ…オレが邪魔になったのか?『未来の潰れたガラクタ』は……もう用無しか?…え?」
「そうではないッ!…そうは言っていない…だが」
 指先を握りしめ、オレは静かにまぶたを閉じた。 
「………もう一度……生きなおしたいんだ」

生きなおしたい?……何を…言っている?ブチャラティ」
 うめくようなアバッキオの声が…その白い喉の奥で、苦しげにケイレンした。
「……これ以上は……聞かない方がいいだろう………おまえは…無関係なんだからな………」
「無関係だと……!?あの気にいらねえジョルノ・ジョバァーナは、このオレの唯一の生きがいであるブチャラティあんたを、必ずや破滅させることになるんだぜ……!危険なガキだ、あいつのいう『』が何か、見極めてやるさ…『』が必ずあるッ!解いて『ジョルノ(ヤロー)』をブッ殺すッ!」

 そう…死にゆく過去の奴隷であったオレは、生命を司るジョルノに…黄金の夢をみた。
 鉄輪の過去に足枷されたアバッキオを、残酷にも独り置き去りにして、オレは生命の祝福を享けたジョルノの黄金の未来にかけた。

 だが……今、思い知らされる。
 アバッキオこそが、真にオレの心を必要としていた人間であったということをッ! 
 おそらく……ジョルノは美しい栄光をつかむだろう……たとえ、ひとりきりになろうとも。
 なぜなら、あいつの背中には…オレの背にはない、眩しい黄金の光が見える。

 アバッキオ…安らかなおまえの死に顔を見て、ようやく…オレは悟った。 
 オレたちの…『過去』の呪縛をくつがえせるのは『』の力だけだということを。
 これからオレは…『』の長い試練を迎え受ける事になるのだろうが…これはオレの『歩むべき道』なのだ……。

 だがアバッキオ…おまえなら……見守っていてくれるな?…最期まで――。