レオーネ・アバッキオ × ジョルノ・ジョバァーナ

 外にはもう、夜の気配が降りていた。
 抜き取った車のキーを指先で弄びながら、オレはブチャラティの家のベルを2度鳴らした。
 ……返事はない。
 軽く舌打ちして、オレはドアノブに手をかけた。
 意外にも、扉は何の抵抗もなく開かれた。
(不用心なことしてやがる……珍しいな、あいつが鍵を閉め忘れるとはな)
 首をかしげながら、オレは中に踏み入った。

 吹き抜けの窓から落ちる月明かりを頼りに、オレはブチャラティの寝室へとゆっくり上っていった。
 階段を上りきったとき…突然細い人影が月明かりを遮った。
「ブチャ……!」
 反射的に口走ったオレの唇は、隠し切れぬ喜びを含んだまま凍りついた。
 その影の主はあろうことか……何とあのガキ…だったッ!

「アバッキオ……ブチャラティは急用があってここを出ました…あなたとの約束はキャンセルだそうです」
 細い腰のくびれに右手を逆さにあてがい、その少年はオレの動揺を楽しむように冷ややかに告げた。

「ああ〜〜!?何でここにいるのが新入りのてめーなんだよ!?」
 約束をフイにされた怒りと、憎いこのガキに精神的恥部を見られた動揺とで、オレは思わず声を張り上げた。
「ええちょっと…彼…ブチャラティと会う『用事』があったもんですから」
 慇懃無礼な勝ちほこった口ぶりで、ジョルノはそうおれに仄めかした。
(こいつッ!…寝たのかッ!!)
 頬をひきつらせたオレの横を、ジョルノは微笑すら湛えながらすり抜けた。

「てめ――どこ行く気だジョルノ――!!」
 闇に踊るその細い手首を、オレはとっさにねじりあげた。
 面倒くさそうにジョルノは振り返った。
「……何か用でしょうか?」
「おいジョルノ…『用事』とは何のことだ?ブチャラティと『何をした』?」
 オレの質問に、ジョルノは片頬を皮肉っぽく歪ませた。
「いいえ…言えません…『何の用事か』『何をしたか』…なんてことは…」

 思わずこのクソ生意気なガキを、階段下まで殴り落としたくなったが、すんでのところで思いとどまった。
 そうする前に…こいつにはキッチリ、わからせねばならんことがある。
 オレは荒立つ気持ちを無理に鎮め、階段の床を指先で叩いた。
「まあ……立ってるのも何だからここ座んなよ…話でもしようや、ジョルノ・ジョバァーナくん
「イヤです」

「……言葉に気ぃつけろよきさま……」
 おれはこめかみをピクピクひきつらせ、ジョルノの胸ぐらをつかみあげた。
「ブチャラティの将来にかかわる事だ…ブチャラティが、おまえのどこにたぶらかされたのか知らねーが…おれはおまえがブチャラティに近づく事を、認めるつもりはねーぜ…」
「フフフ見苦しいな…嫉妬ですか?」
 花びらのようなジョルノの唇に、傲慢な微笑が浮かんだ。
 その妖しいまでに不遜な唇の艶は…このオレをすら一瞬、言葉に詰まらせた。

「ッ…違う!もう一度言う…ブチャラティにつきまとうな!いいかッ」
 動揺した心の内を見抜かれるのを恐れ、オレは反射的にジョルノの胸ぐらを締め上げた。
 ジョルノの唇が皮肉げに歪んだ。
「拒否します!!」
「何だとォ〜〜!?」
 言下に否定されたオレは怒りのあまり、ジョルノの薄い首すじに指をくい込ませていた。

 ジョルノはそうされたまま、軽蔑をこめた冷たいまなざしでオレを見据えた。
「ブチャラティは自分の意志を持っている男で…自分で考えている…やめた方がいいです…あなたが画策して、ぼくから引き離そうとしても、ブチャラティにはとてもそんな事は通用しない…それに」
 哀れみをこめた含み笑いとともに、ジョルノはゆっくりオレに指先を向けた。
「ブチャラティはただあなたに同情しているだけだが…一方、ぼくと彼との間にはぼくらの世界がある…ぼくの言いたい事わかりますか?」

「何…言ってんだおまえ…ジョルノ…なんなんだきさまはァァ〜〜〜〜〜!!」
「アバッキオ…2度同じ事を言わせないでくださいよ…1度でいい事を2度いわなけりゃあいけないっていけないってのは…そいつが頭が悪いってことだからです…『ブチャラティの心はあなたにはない』と言ってるんですよ…3度目は言わせないでくださいよ」

「フフ…フフフ…アハハハハ ハハハハハ―――
ブチャラティの心がおれにない?それはいいだろう、なかなか当を得た観察をするボーヤだ……だが惜しい事に……おまえが本当に、おまえら二人の世界ってのを築きたいと願っているかどうかは、わからない!」

 ジョルノの瞳に瞬間、暗い影が走った。
「フフ…アバッキオ、言葉を返すようですが…そんなことはありません…もちろんぼくは心から、ブチャラティと二人の世界を望んでいますよ?……そしてアバッキオ…その世界にあなたの居場所はないんです……
フー…3度目は言わせないでくださいよと頼んだはずだ…何度も言わせるってことは無駄なんだ…無駄だから嫌いなんだ無駄無駄…」

 ――いいやオレには…ガラスを覗くように見透かせた。
 こいつ…ジョルノ・ジョバァーナが、何をたくらんでいるのかを―――!
 ……たとえブチャラティの信頼を失ってもッ!
 オレはブチャラティの未来のために、この危険なガキをこの手で葬り去らねばならないッ!

「いいだろう!今ココで嬲りモノにして、二度とブチャラティに顔向けできなくしてやるジョルノ!」
「なんですって?ぐはっ!!」
 ジョルノの首を、オレは踊り場の床に押しつけた。
「い…い…呼吸が……ガハッ!!」

「ブチャラティに体で取り入る…その事に『エネルギー』を使ってるとみえて、おまえ自身の力はあまり強いとはいえねえようだな…闘ってオレに勝てるのはそのケツの穴の締まりだけか?え?」
 てんとう虫つきのジッパーを乱暴に引きずりおろし、オレは露わになったジョルノの肌に唾を吐きかけた。

「アバッキオ、あなたのためにもぼくに乱暴するだなんて、やめてください…」
 この期に及んでなお冷静ぶった、押しつけがましいその命令口調に、オレは完全にブチキレた。
「口ごたえしてんじゃあねーぞッ!ガキがぁ―――ッ」

「やめろっていったんだ…ぼくはまだそれほど抱かれるのに慣れてるわけではないんだ…それに、ぼくへの攻撃は…そのままあなた自身への攻撃となり 、命とりになる」
「やかましいぞ………!!ン?このガキが〜〜〜」
 フテブテしいそのあごを、オレは爪痕が残るほどキツくつまみあげた。
 クスリとジョルノが鼻先で笑った。
「あなた『覚悟してきてる人』…ですよね……ブチャラティのお気に入りであるぼくに、あえて『乱暴』しようとするって事は…逆に『ブチャラティに嫌われる』かもしれないという危険を『覚悟して来ている人』ってわけですよね…」

「!………………」 
「やむを得ない…!あなたのその、ブチャラティの未来を守ろうとする覚悟の前には、取り繕っても無駄だから、あなただけには本当のことを言いましょう……!
このジョルノ・ジョバァーナには『』がある!たとえブチャラティがぼくのチームリーダーであり、愛人であろうと……ぼくの『』をはばみ、将来的にぼくの妨げとなるのならば…!!その時は取ってかわらねばならない!! 」

「クレイジーな野郎だな…それをこのオレに言うのか?どうかしてんじゃあねーのか!」
 怒りというよりはもはや、あっけにとられる思いで、オレはこの小面憎いガキをみつめあげた。
「のし上がるためにも今、ブチャラティを手離す事はできない…その点に関してはぼくは必死だ……栄光を『こっそり盗めば』あっという間に見つかってしまうでしょう…だが『堂々と盗めば』…非難するのは困難になるでしょう」

「ジョルノ!テメーッ…」
 振り上げられたオレの手に、ジョルノの指先が遮るようにまとわりついた。
「ねえアバッキオ…ここまでうちあけてしまったんだから、あなたとぼくはある意味で、ブチャラティとぼく以上に親密な間柄になったともいえますよね?どうです……今夜はぼくと楽しみませんか?
……あなたはぼくを嫌っているようですが、ぼくのほうはホントを言うと、初めて会ったときから、クールで手厳しいあなたに魅かれていたんですよ…実を言えば、手ごたえのないブチャラティよりも…ね」

 女のようなジョルノの指先が手首に幾重にも絡みつき…オレをその白い胸もとへと誘い込んだ。
「フフ……さっきぼくが乱暴されるのをイヤがったのも、あなたが嫌いだからじゃあない…逆ですアバッキオ、あなたが好きだからですよ…優しくしてほしいんです……
でもブチャラティに抱かれた後になって、今更あなたが好きだったといっても…あなたには信じてもらえないんですよね?」

 月明かりに嫣然と微笑むこの少年に、オレは完全に魅入られてしまっていた。
 …デモーニオ(悪魔)はやさしい顔をしているというが…本当かもしれないとボンヤリ思った。
 関節の優雅なジョルノの指先が、オレのズボンのチャックをツーッと降ろした。
「アバッキオがそうしろというのなら…ぼく、喜んで『いただきます』が?」

 ああ…オレって人間はなんてくだらない男だろうッ!
 目の前に吊るされた肉欲というエサに喰らいついて…取り返しのつかぬ過ちを犯してしまったッ!
 警官だった2年前、ワイロを受け取ったあの時のように.…致命的な過ちを!

 気づけば…オレは暗い階段の手すりに背をもたれ、ジョルノの頭を両手で押さえこんで、その口にしごかせていた。
「どうした?おまえはオレがわざわざ注いでやった精液を『いただきます』って言ったんだぜ…『いただきます』って言ったからには飲んでもらおうか、ジョルノ…それとも苦いから飲むのはいやか?」
 ブチャラティに誓うはずだったその液を、オレはジョルノの口にしとどに吐き出した。
 ジョルノは輝く金髪の下でキラリと片目を光らせ、コクコクと白い喉を鳴らしながら飲み干した。

 熱が冷め我に返ったオレの横で、ジョルノは謎めいた微笑を浮かべながら、自ら服を脱ぎ捨てた。
 真っ暗な闇の底へ、布切れは音もなくひるがえり…吸い込まれていった。
「フフフ…アバッキオ…あなたが望むんなら、ぼくを好きにしていいんですよ?」
 そう呟いて、ジョルノは階段にヒジをもたれ、細い脚を組みなおした。
 その蒼白いふとももの内側を、オレに見せつけるようにゆっくりと……。

 どこか人間離れした琥珀色に光る瞳に、オレは心を見透かされるように捕らえられ…その細い足首を夢遊病者のようにつかみ引き寄せて、覆いかぶさっていた。
 荒い息を吐きながら、ジョルノの奥まで欲望をうち沈めると…異様なぬめりとともに、ドロドロの液体が溢れ出た。
 そう…ブチャラティが先ほどジョルノの中に出したのだろう…それだった。
(クソッ!オレは…なんという取り返しのつかないことをッ!)
 焼けつくような後悔にうちのめされ、オレはジョルノの上で顔を歪めた。

 うなだれたオレの耳もとに、悪魔はしなやかな脚を絡ませ囁いた。
「アバッキオ……もう遅いですよ、あなたは今まさに、このぼくを犯してブチャラティを裏切ってしまったんですから…やってしまったことはもう戻りません…こうなったら気の済むまで好きにしたらどうです」

 こぼした水は元へはもどらない…。
 地に堕ちたオレはあまりに空虚な喪失感に耐えかね…考えることを放棄して、ただ目の前のジョルノの白い肉体にのめり溺れた。
 機械人形のように肉の惰性で腰をうちつけていれば…悪魔的な悦楽の宴が、吐き気のするような堕落の現実を、オレの目から真っ黒に覆い隠してくれた。

「ううッ…!」
 15歳のガキとは思えぬジョルノの爛れた肉の味に囚われて、オレはついに最後の最後まで…ジョルノを犯し、すすり尽くしてしまった!

 強烈な射精感から醒めた後…愕然としながら崩れ落ち、階段の手すりに力無くすがったオレを…ジョルノは冷ややかに押しのけた。 
「フン…お互い楽しんだようですね」
 先ほどまでとはうって変わった氷のように冷たいその響きに、オレはハッと顔をあげた。

 ジョルノは美しく微笑しながら、鋭くオレに指を突きつけた。
「『横取り』するという行為が、許されないですって?…なるほどあなたの考えていたことは本当に大切な事だ……ですがもう一つ、あなたが認識しなければならない大切な事がある…それは……
あなたがたった今…ブチャラティからこのぼくを『横取りした』という事実だッ!」

「は…図ったなジョルノ!…オレを好きだと言ったのは…!このオレにブチャラティを裏切らせるための罠だったのかッ!」
 答えるかわりにジョルノは、蒼白い手首をほっそりとした脚の間に滑り込ませ、意地悪く笑った。
「気持ち悪いなァ……ブチャラティのと合わせて今日は3回も出されたんで、ヒザ上まで垂れてきてる……そうそう、あなたが来る前ブチャラティは、2回もぼくを抱いてたんですよ」
「き…きさまジョルノ……!」

「アバッキオ…あなたにはもう、ぼくがブチャラティから栄光を横取りする事を止める権利などない…その事をよく肝に銘じておいてください…
なぜならあなたはブチャラティから、彼のお気に入りであるこのぼくを横奪りした…それも彼の未来を守るためではなく、単なる自分の性欲のためだけに、心行くまで奪い犯して楽しんだ…裏切ったんですからね……フフフ」
「くッ…!」
 オレは愕然と床に手をついた。

「過去は消せない…そして恐怖というものは思いもよらぬ過去からやってくるものですね……せいぜい利用させてもらいますよアバッキオ…チャオ」
 冷たい汗を滴らせ、床に拳をついて震えているオレの横を…ジョルノは何事もなかったかのようにスゥッ…と通り過ぎ…階段下へと消えていった。