ある晩……夜のカイロ市街でわたしは、異国の女を見つけた。
黒髪の美しい東洋の女…。
音もなくわたしは女の前に降り立った。
わたしが軽く目配せすると、女は自分からベッドまでついてきた。
女は日本人だった。
なぜ女がエジプトに来ていたのかは、知らない。
このDIOにとって女とは単なる『道具』であり『食料』であったから、道具のルーツなどどうでもよかった。
その晩の『道具』はとても華奢で美しく、食料にしてしまうのがもったいないほどの出来だったので、わたしは壊さずに残しておいた。
際立って美しい女は一個の美術品である。
存在するだけで価値がある…美とは一種のスタンドだ。
美術品を愛するように、わたしはこの女を館の一角に飾り、時折ベッドに持ち出しては楽しんだ。
ある晩、女が吐いた。
女はこのDIOの子どもをみごもっていた。
その事実を知ったとき、わたしは軽い昂奮をおぼえた。
不死であるこのDIOには、もはや子孫を残す必要などなく……またこれまで女を『道具』として利用した後は、大抵『食料』にして始末していたので……わたしは自分に子どもができるという概念自体に疎くなっていた。
肩を震わせている女を黙って見下ろしながら、わたしはふいに、女の腹の中に息づいている胎児に興味を抱いた。
(フー…なんということだ……このDIOの子どもならば…それはこのDIOの子どもであると同時に…ジョナサン=ジョースターの子どもということにもなるんじゃあないか?
……なにせ、このDIOの首から下は…あのジョナサン=ジョースターの肉体なのだからなァッ!)
考えてみれば、実に面白いではないか。
このDIOとジョナサン=ジョースター…その両方の遺伝子をおそらくは4分の1ずつあわせ持つ、いわばわたしと彼との間に出来た子どもが…女の腹を介在することで、100年の時を超えて生まれ落ちるのだ。
ジョナサンは…このDIOが、この世で唯一尊敬した人間だった。
ジョナサンの魂を…すべてを愛したから、わたしはジョナサンを殺した。
…永遠にわたしたちふたりがひとつでいられるように。
女の体に宿っている子どもは……このDIOとジョナサンがふたりでひとりであることを、まさに具現するものといってよかった。
わたしたち両方の魂と肉体を兼ね備えた人間となれば…なにかしら特別な可能性を秘めているかもしれなかった。
調べてみる価値があった。
「産めッ」
わたしは命じた。
半年後、子どもは生まれた…男児だったので息子というべきか。
エンヤ婆が出産に立ち会った。
エンヤ婆はこのDIOの息子を自分の手で取り上げたことに、いたく感激しているようだった。
女は生まれた赤ん坊にハルノと名づけた。
…ハルノ・シオバナ。
わたしにはもう人間としての戸籍はなかったから…ハルノは生まれる前から私生児だった。
ハルノはこのDIOに似ず、髪が黒く…顔立ちも、どちらかといえばジョナサンのほうに似ていた。
ハルノを太陽の光に当ててみたが…この点に関しても、わたしの遺伝は受け継いでいないようだった。
見たところ、ハルノは特別な能力を備えているとも思えぬ、普通の赤ん坊だった。
……ただひとつ、首の左のつけ根に、わたし…というよりジョナサンと同じ星型のアザがあった以外は。
すぐに興味は失せた。
親子の情などというものは、とりたてて湧かなかった。
わたしはわたしという人間で完結していたし……父親DARIO
BRANDOのせいで、父子関係というものにはうんざりしていたから…ハルノに限らず、もし他にわたしに息子がいたとしても、観察対象以上の興味は持たなかっただろう。
それに、いくら血がつながっていようが、このDIO、他人に自分の生活の平穏を乱されるのは我慢がならん。
館に響く嬰児の声がうるさいので、わたしはひととおり観察し終えると、女に乳飲み子のハルノを連れて出て行くよう命じた。
もちろん、ハルノを女手ひとつで育てられるだけの十分な金はつけてやったが。
女は去り際、わたしに形見をせがんだ。
ジョースターの血統にわたしの居所を知られるのはマズいので、あまり気乗りはしなかったが、結局…「DIO
BRANDO」と走り書きしたポートレイトを一枚だけ女に許した。
最近…わたしは幽波紋を身につけた。
それ以来、忘れていた息子…ハルノの存在を感じるようになった。
ハルノにもわたしと同じ幽波紋が発現しているのだろうか…。
透視してみたところ、ハルノはどうやら日本にいるらしい。
日本といえば、ジョナサンの末裔が暮らしている地であるのだが…。
フン……ジョナサンの末裔ども…ハルノの存在を知れば、さぞや驚愕するに違いあるまい。
ヤツらが宿敵としているこのDIO…その子どもとはすなわち……ほかならぬヤツらの血族でもあるのだからなァッ!
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