それは
、ある日の午餐の席でのことだった。
ジョジョの様子が、どこかいつもと違う…。
妙にニヤけながら料理にガッついているのに気がついた。
おれは顔をしかめ、ナイフを持つ手を止めた。
食事が済むと、ジョジョはダニーと連れ立って、珍しく陽気な足取りで屋敷を飛び出していった。
「………」
思い当たることのあったおれは、すぐさま秘密裡にジョジョの跡をつけた。
屋敷裏の川岸まで駆け下りていくジョジョとダニーの後ろ姿を見つけたおれは、木陰に身を寄せ様子を伺った。
次の瞬間、おれはギリッと唇を噛んでいた。
ジョジョが、おれの見知らぬ女と逢引を果たしていたからだ。
(ぬうッ!やはりジョジョめッ…!このディオの目をぬすんで…女など作っていたかッ!)
このおれの怒りも知らず、ジョジョと女…そしてあの犬めらは、キャッキャと声をあげて水遊びを始めた。
おれはつかんでいた木の枝をへし折り、唇を歪ませた。
(無駄だッ!おまえの心に砂漠を作ってやるため、おまえには決して友人とか恋人は与えんッ!そして生きがいのないおまえは、おれ以外にかまってやるヤツのいないフヌケ人間になるッ!そしてしだいにおまえから全ての物を取り上げ、大人になる頃にはおまえ
の体ごと、おまえが相続するジョースター家の財産まで、おれのものにしてやるッ!)
小一時間ほどして、やつらはようやく!
川からあがった。
女とダニーは川べりに寝転んで、葡萄など食っている。
(ジョジョめ…なにをしている?)
ひとり離れて樫の樹に向かい合っているジョジョの姿に、おれはきつく目を細めた。
…ジョジョのヤツは一心不乱に、ナイフで何やら樹の幹に刻みつけているようだった。
と…ジョジョの傍に女が忍び寄り、ジョジョがあわてて背中で『それ』を隠すのがみえた。
ジョジョと女は『それ』を見せるか見せないか…で押しあいっこをしているらしかった。
やがてジョジョが照れくさげに両手を開き、幹に刻み付けた何かを女に見せた。
それを目にしたときの女の表情ッ!
おれは瞬時に、『何がそこに刻まれているのか』を悟り…言いようのない不快感に我知らず歯軋りしていた。
そうこうするうちに、ジョジョのヤツが女の肩に手をかけ、何ごとか馴れ馴れしい様子で女に呟きかけた。
(ヌッ!そこまでの仲かッ!?)
おれは眉間に激しいしわを寄せた。
しかし…。
好都合なことに、女はジョジョの手をはねのけた。
(フン!ガキめが……やはりまだ、何もしてはいないらしいな)
おれは複雑な感情の入り混じった苦笑いを唇に浮かべた。
ジョジョと女は耳障りな笑い声をたてながら、樫の木の周りでグルグルと追っかけっこをし始めた。
(しかし全くッ!ジョジョが他の人間といちゃついている光景など、この目にするのも腹立たしいッ!ズタズタに引き裂いてやりたくなるッ!…)
木の幹を蹴りあげ、おれは舌打ちした。
(せいぜい残りの夢を楽しむがいい……浅い夢だがな…ジョジョ!)
絶望のどん底にジョジョを突き落とす、素晴らしい名案を思いついたおれは…一旦その場を離れた。
西陽も翳り始めた頃、女とジョジョはようやく遊びを終えた。
館入り口でジョジョと別れたその女は、樫の樹の方角へと元来た道を引き返してきた。
おれは子分を2人ほど引き連れて、樫の樹の陰で女を待ち伏せていた。
…ジョジョと女の関係に公然たる疵をつけるため、口の軽い第三者の存在を利用することにしたのだ。
その時ふいに、樫の幹にもたせかけていたおれの左手が、ジョジョの彫り刻んだ樹皮の窪みに触れた。
おれは黙って目をやった。
へたくそな字で『JOJO ERINA』と彫ってある。
ご丁寧にも、ハートのマークなどで囲ってあるッ!
「フン!」
(跡形もなく削りとってくれるッ!)。
おれは険しく眉をひそめ、この不愉快極まりない刻印に唾を吐きかけた。
風が出たッ!
ザンッ…
バスケットを抱えたエリナを凍てつく瞳で射すくめ、おれは女の前に踏み出した。
「やあ!君……エリナって名なのかい?ジョジョと泳ぎに行ったろう!あいつ最近うかれてると思ったら、こういうことだったのか」
このディオの目から見ても美しいと認めざるを得ないエリナの、一瞬に凍りついた清らかな瞳が、激しくおれの苛立ちをかき立てた。
髪が突風に逆だった瞬間、おれはカッと目を見開いた。
逃げだそうとしたエリナの右腕につかみかかり、ひねり寄せ、そのあごをガッシリ捕らえて、間髪いれず唇を奪ったッ!
エリナをそのまま最後まで徹底的に辱めてやることなど、このおれにはわけもないことだったし…そうすることこそ、この女をジョジョから決定的に引き離すのに一番効果的な手段ではあったのだが……それでは警察沙汰を招いてしまい、得策ではない…。
おれは興ざめする思いで、憎しみしか感じぬこの女から唇を離し、突き飛ばすように解放してやった。
涙を流し呆然とドロ水に倒れこんでいるエリナを、おれは首の後ろで軽く手を組みながら見下して、胸のすく思いでせせら笑った。
(手段は問題ではないッ!キスをしたという結果があればいい!これでジョジョとこの女の仲も終わりになる!ジョジョにあっても気まずい思いをいだくだけさッ!この女が親からレディの教育を受けていればなおさらだ!)
…この後のことはあまり思い出したくない…。
エリナはなんと、オレにキスされた口をわざとドロ水で洗い、無言で己の意思を示したのだッ!
(この女ァ!この期に及んでまだ、このおれを愚弄するかッ!)
このディオともあろう者が、恋情沙汰で思わずカッとなって、あの女に本気で手をあげてしまったッ!
たかが女ごときに!……。
翌日…おれは屋敷の一室で長椅子にもたれ足を組んで、お気に入りの本をめくっていた。
(フン…そろそろ来る頃だな)
バァーン!グオォオッ
気配を感じたその瞬間、激しい勢いで大扉が開け放たれ、ジョジョが怒りにくるった形相で突進してきた。
「ディィィィオォォ――ッ」
「人の名を!」
おれは読みかけの本を閉じ、椅子の手すりをグッとつかんで立ち上がった。
「すいぶん気やすく呼んでくれるじゃあないか…それに思いっきりにぎりしめている拳!いったいそれでどうする気だ?」
(このディオという者がありながら…色気づいて女などに現を抜かすからだァ…ジョジョォ!)
ジョジョの不遜な思いあがりを糺してやった快感で、ひとりでに笑みがこみあげてくるッ!
「決してゆるさないッ!この家に来てからの君のぼくに対するいやがらせではない!ぼくの事などどうでもいいッ!ウアアア!」
殴りかかってきたジョジョに、おれはクルッと満面の笑みを向け、人差し指をおったてて挑発してやった。
「ほほう!さては聞いたな、あの愛しのエリナのことを!そして鉄拳による報復にでることを考えたわけかッ!」
なんだろう、こいつを痛めつけるときはいつも…説明がつかぬほどに、この背筋がゾクゾクするッ…!
ドドドドドドドドド…
「ジョジョ!見苦しいぞ…嫉妬にくるった姿はッ!?」
「彼女に対する侮辱がゆるせないッ!」
ブヮオ シュゴオォ…
ジョジョの繰り出してきた左拳を右腕で軽くいなすと、おれはそのまま右肘をジョジョの顔面にめり込ませたッ!
(これは…おれ以外の人間に心奪われたおまえへの罰だッ!ジョジョォッ!)
トドメにグリグリ…と肘の先を押しつけてやると、ジョジョは軽く情けない声をあげ、鼻血を噴きながら壁に崩れこんだ。
「またこの前のボクシングのようにされたいのか?マヌケがァ……」
おれはネックタイを解くと上着を脱ぎ捨て、ぐったりしているジョジョのほうへツカツカ歩み寄った。
(徹底的に叩きのめしてやるッ!そうする事によって『自分はもうこのディオには勝てない逆らえない』……ということをジョジョ自身の体で覚えるからだッ!ケンカでも人生でもなッ!)
体勢を立て直そうとしたジョジョを再び突き飛ばし、馬乗りになると、おれは生意気なジョジョのあごを両手でガッとつかみ、
力まかせに上向かせた。
「な…なにをするッ!ディオッ!…うぐっ!?」
ズキュゥウウン!
間隙を衝いておれは、目を見開いたままのジョジョの唇を乱暴に塞いだ!
自分のガールフレンドがされたのと同じように、このおれに唇を奪われるッ!こいつにとって、これ以上の罰はあるまいッ!
ジョジョは驚愕と羞恥に大きく目を見開き、顔を紅潮させて抵抗し始めた。
バリバリバリ…
精一杯の力をふりしぼり、ジョジョはおれにつかみかかってくる。
だが哀しいかな、おれの膝頭にめいっぱい胸を押さえつけられているジョジョの無力な両手は、おれのシャツの袖を引き裂くだけッ!
おれは勝利の快感にほくそ笑み、ジョジョの両腕をゆっくりと床に押しつけた。
「ジョジョ……もうエリナとキスはしたのかい?まだだよなァ………初めての相手はエリナではないッ!このディオだッ!――ッ」
「何をするだァ―――ッゆるさんッ!」
「ジョジョォッ!いっそこのまま、女のように犯してやろうかァ――ッ!」
ドッガァーンッ!
「うげぇええええっ」
突然、強烈な頭突きがおれの顔面にめりこんだ。
バキドガバキドガドガドガバンッボガッ!
「ディオォォオオ――ッ君がッ泣くまでッ殴るのをやめないッ!」
「こ…こんな……こ…こんな!こんなカスみたいなヤツにこのディオがッ!」
ブァッギャア!
炸裂したジョジョの拳に、おれはブザマにも床の上へとフッ飛ばされたッ!
「よ…よくも……よくもよくも!このぼくに向かって…」
気づけばおれは、ガキのように涙を流し、両腕を抱えて震えていたッ!
生まれてこのかた、他人にこれほどまでにコケにされ…自尊心を傷つけられたことはない!!
目も眩むような怒りと、息もつけぬほどの屈辱……ジョジョ…!!
「このきたならしい阿呆がァ――ッ!!」
「ふたりともいったい何事だッ!」
――ジョースター卿と使用人たちが部屋に飛び込んできて、おれたちはそれきりになった。
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