扉のきしむ音がして、書庫の中がボォッ…と暗い光で揺らめいた。
「こんなところにいたのかジョジョ……探したよ」
振り返ると…蝋燭を片手にディオが立っていた。
「あ!……ディオ」
何気ないふうを装いながら、ぼくは急いで、手にしていた石仮面を箱に戻し、書架を降りた。
うっすらと暗闇に微笑を浮かべ、ディオはそのつまさきをぼくに向けた。
ディオはいいやつなのに…ぼくは、ディオの…この瞳が苦手だ。
暗闇の中で、燃えさかるようなディオの瞳に凝視されると、思わずまぶたを伏せてしまう。
硬直しているぼくの手をとると、ディオはぼくの背中にピタリと身をはりつけ、息をのんでいるぼくの耳たぶを軽く甘噛みして囁いた。
「なあジョジョ…今夜も君と友情を深めたいんだ……先にベッドで待っててくれ…いっしょに寝よう」
「………うん」
ゆっくりと指先を弄ばれながら、ぼくはうつむき、うわの空で頷いた。
『ぼくたちは親友じゃあないか』
…そうディオに言いくるめられ…彼とこういう関係に陥って、どれぐらいたっただろう……?
2年か……あれから2年もたつ……。
初めて…ディオにこの身をまかせた時…。ぼくはまだ…14歳の少年だった…。
―――忘れもしない……。
あれはディオと関係をもつようになる、ちょうど1年前の晩のことだ。
愛犬ダニーを失って落ち込んでいたぼくのところへ、唐突にもディオは自分のほうから許しを乞いにやってきた。
何しに来たッ!と血相を変えたぼくに、ディオはすまなそうな表情をありありとその瞳に浮かべ、白い右手を差し出した。
「この前は君を殴って悪かったよジョジョ…仲なおりしよう…君とは親友になりたいんだ」
…ぼくは釈然としないながらも、ディオの握手を受けいれた。
人の善意を疑うのは、紳士として恥ずべき行為だったから。
それ以来、ディオとは一度もケンカをしていない。
いや、それどころか…ぼくたちはあっという間に、校内でも有名な『親友』となった。
ディオが…おおげさなくらい、ぼくとの友情を周囲にアピールするようになったからだ。
「やったなジョジョ!またまたぼくらのコンビで勝負を決めたなッ!」
「うん!」
「ディオ!みごとだったよ!君の走りは!!」
「ありがとう!ジョジョ、君あってのトライさ…着替えたら待っててくれ、いっしょに帰ろう」
「…うん」
――そうして1年が過ぎ…ディオは15歳…ぼくは14歳…。
いつしかぼくのほうでもまた、『親友』と呼ばれてもおかしくないような態度でディオに接するようになっていた
。
が…実のところ、ぼくは彼に対して友情を感じていなかった…。
(なぜ!?彼はあんなにすごくていいやつなのに、友情を感じないんだッ!1年前のあの事件のせいか!?愛犬ダニーの事だってエリナの事だって、ぼくの思い込みだッ!証拠がないッ!ああ…ぼくはなんていやなやつだ…まだあの時の事を疑惑し恐怖している!)
人並み外れて洞察力に長けたディオが、ぼくの心の秘密に気づかぬはずもなかった。
ある晩遅く…ぼくの部屋に突然遊びに来たディオは、しばらく当たり障りのない話をした後で、意味ありげな笑いを浮かべながら、切り出してきたのだった。
「ところでJOJO…今夜は、君といっしょに寝てもいいかい?ぼくらはもう、兄弟も同然だろう?」
「…う…うんいいよ、ディオ」
内心、気がすすまなかったが…ディオの親愛の気持ちを否定するのも悪いと思い、ぼくはためらいがちに肯いた。
白く冷たいディオのつまさきが、シーツの中に滑り込んできた。
ぼくはディオに背を向けて、目をつぶった。
ところがどうしたことだろう、かたく両目を瞑れば瞑るほど…妙な緊張が胸をさざめいて、眠れない…。
ふいにディオが寝返りをうって、ぼくのほうを向く気配がした。
リネンのシーツを握りしめ、思わず息を止めていると、ディオがすぐ耳の後ろで口を開いた。
「なあジョジョ…君は憶えているかい?……ちょうど1年前、君と殴り合いのケンカをしたときに、ぼくが君にキスしたことを」
「…あッ…ああ憶えてるよ…ビックリしたよ……」
ぼくはディオに背を向けたまま、ドキリとしながら尋ねかえした。
「その……君…なんで……あんなことしたんだいディオ」
ディオはそれを聞くとスッと身を起こし、美しく反りあがった唇に冷たい笑みをうかべた。
「それはだ…ジョジョ…君がぼくとの友情よりエリナのほうを優先したので、ムシャクシャしたのさ」
「ディオ……だけどあの頃は、むしろ君のほうがぼくを嫌って…」
「ストップ、ジョジョ…それは君の思い込みだよ……現にぼくらはこんなに仲良くなってるじゃあないか」
そう言われると、さすがに返す言葉がなかった。
言葉に窮しているぼくに、ディオはいかにも心配げにたたみかけてきた。
「なあ、ジョジョ…ところでだ……君との友情ももう1年を迎えるわけだが…ぼくにはどうも…君がまだ、ぼくのことを本心から受け容れているようには見えないんだよ」
「ディオ…そ…それは……」
図星を指されたぼくは、その動揺を隠すため、急いでディオのほうへ顔を向けた。
琥珀色の瞳を妖しく煌かせ、ディオはぼくを待ち構えていた。
「ジョジョ…考えたくはないがね…もし、ぼくの推察が本当だとしたら、君は嘘の態度で、ぼくの君に対する『信頼』を裏切っているということになるわけだ」
「ディオ……」
「そこでだジョジョ…今日は、君のぼくに対する『友情』を確かめたいと考えている」
強い調子で言葉を切ると、ディオはいきなりぼくに覆いかぶさり、ぼくの手首をバァッシィ!とつかんだ。
「ジョジョ…つべこべ言うなよ…これからやるのは…ぼくらの『友情』を確かめあい深めあう儀式のようなモノなんだからなァ」
「えッ?儀式って…何のことだ、ディオ?」
ディオは答える代わりにクァァッと目を見開いた。
「うう……う…」
琥珀色の視線で射ぬかれ、思わず目をそらしてしまったぼくの寝巻きのすそを、ディオは器用な手つきで脚のつけ根すれすれまでたくしあげた。
「フン…親友なんだから、いいよなァ!ジョジョ!」
不敵にそう吐き捨てるなり、ディオはベッド深くまでぼくの体を沈めこんだ。
驚いて顔をあげたぼくの両肩を、ディオは存外な力で押さえつけ、そのままぼくの唇に…舌を入れてきた!
「んあッ!……ディ…ディオッ!何をするッ!」
ディオの接吻を振り切ろうと、ぼくは必死で顔を左右に振った。
はずみでぼくの歯先が、濡れたディオの唇に、切るようにぶつかった。
「…ッ!」
…ディオはジッとぼくにその視線を定めたまま、血のにじむ唇をぼくから離し、怖いほど静かにその身を起こした。
そうして、ディオは美しいブロンドの髪を逆立たせ、断罪するかのごとき鋭さでぼくの顔を指さした。
「ジョジョ!このぼくを拒むということは…我われの友情を否定する事!友情を失うぞッ!」
「そ…それとこれとはッ…話が違うぞディオッ!」
彼の剣幕にたじろぎながらも、ぼくはしどろもどろに言い返した。
「うあッ…!」
ぼくをにらみ付けるディオの顔が美しく歪んだ瞬間、下半身に衝撃が走った。
ぞんざいに重ねられたディオの指先が、ぼくの下腹部を挑発するようにいたぶったのだった。
「…あ…ッ…」
初めて味わったその感触に、ぼくは力のぬけるような情けない声を漏らして、ビクンと体を震わせてしまった。
「なんだジョジョ…まさか君、まだやったことがないのかい?自分でも」
ディオはシャープなその頬にひとさし指をあて、彼特有のあの唇を意地悪く曲げる笑いを浮かべた。
ディオの言わんとするところの正確な意味はつかみかねたが…腿を滑るディオの手つきの妖しさと、下腹部の後ろめたい疼きから、ぼくはディオが何かやましい行為のことを指しているのだと、直感的に理解した。
「親愛なるジョジョォ…ぼくが君に『本物のやりかた』を特別に教えてやるよ、友情のしるしにな」
「うッ…何…をする気なんだッ?…ディオ」
のしかかってくるディオを押し除けようともがいたはずが、いつしかぼくはディオの指先の紡ぎだす甘い火照りに引きずられ…最後はもうわけもわからぬままに、ディオに全てを許してしまったのだった。
「わかっているとは思うがね、ジョジョ…これは君とぼくだけの秘密だ…他のヤツらにはいうんじゃあないぞ…ぼくらの『友情にかけて』だ」
ハダの冷却とともに湧き上がってくる、得体の知れぬ罪悪感に胸を痛め、隠微な快楽の余韻に濡れた裸体をシーツにくるめて震えているぼくに…ディオは有無を言わせぬ口ぶりで
、そう言いさした。
――あれから2年だ…。
14歳のあの時はよくわかっていなかったが…16歳になった今ではこのぼくも…ディオとの交わりがどれほど常軌を逸する行為なのか、充分すぎるほど識っている。
未だに心の底ではディオを信用していないのに…齢を追うごとに危険な魅力と美しさを増してゆくディオの横顔に、理性とは別の心の領域が強く…つよく惹きつけられてしまう。
ああぼくは…彼の誘惑を一度も拒み得ぬまま…ついにここまで来てしまった。
日中、太陽の下でみるディオは快活そのもので、ヒュー・ハドソン校の誰より爽やかで男らしいやつなのに…こうして夜のベッドでぼくを抱いているディオは、まるで人が違ったよう…。
琥珀色の切れ長の瞳は、怖いぐらいに冷えた妖しい色気をはなち…不遜な赤い唇は、女以上に危険なツヤを帯びている。
それでいてディオは…冷笑を浮かべながら、どんな男もかなわぬくらい深く猛々しくぼくを貫くのだから…わからない。
それにしてもだ…。
初めてぼくを手に入れた時、なぜディオはあんなに巧く、最後までぼくを抱けたのだろう…?
ぼくより一つ歳上であるとはいっても、彼もまだ15歳に過ぎなかったのに……恐ろしいほどに…手馴れていた……。
「フン…ジョジョ…まったく君とぼくは、体の相性がピッタリだな」
おれは知り尽くしているジョジョの弱い部分を攻めながら、耳もとで囁いてやった。
召し使いどもが寝静まってから、いつものようにジョジョを抱きにきたのだが…ジョジョは今夜もおれの言いなりになって、従順なマヌケづらして喘いでいる。
叩けば叩くほど成長するヤツだと気づいて以来、おれはジョジョに対する接し方を180度変えた。
こいつがこれ以上成長して、将来実行する財産のっとりの障壁とならぬよう、現在おれはジョジョと表向き仲良くふるまい、無駄な刺激を与えるのを避けている。
とはいえこのディオが、ただ無為に大学卒業までの間ジョジョの機嫌をとって過ごすのも癪なので、暇つぶしにおれは…『友情』にかこつけて
、貴族のご子息とやらの体を楽しんでいるのだ。
無論、このディオともあろう者が『友情』などというくだらん博愛感情など抱くはずもないが…先ほどこいつに言ってやった「体の相性がピッタリだ」というのは、本当だ。
おれが一から教え込んでやっただけあって、実によく馴染む腰の使い方をする。
この調子であと4年、ジョジョを心身もろとも堕落させ、完全にこのディオの虜とし…財産をのっとった後は、一生おれの物にして嬲り尽くしてくれる。
――すべてを中に吐き出して、ジョジョを離してやった後だった。
羽根枕に横顔をうずめたまま、ジョジョが沈んだ調子で口を開いた。
「ねえディオ……話があるんだ」
「なんだい?」
おれは床に落ちていたシャツに腕を通しながら、気乗り薄に聞き返した。
「やめよう、ディオ…もうこんな関係は…」
…おれは、眉間にシワを寄せた。
このディオともあろう者が、これほどに手を尽くし品を変えて、歓ばせてやってるというのに…またもこいつはおれに逆らうのか。
こいつをたぶらかそうとしたあの女エリナが、インドへ行ったきり英国には帰ってきそうにないので、ようやく安心したところだというのに…まったく手間のかかるヤツだ。
おれは片方だけシャツに腕を通したまま振り返ると、わかりやすい憂鬱そうな顔をして横たわっているジョジョのあごを指先で軽く持ち上げ、
しごくマジメにキスしてやった。
女がされたなら、ため息をつかずにはいられない…スウィートで清純な本当のキスを、だ。
驚いたような表情を浮かべて、まつげを瞬かせたジョジョに、おれは重ねておもねる様な優しい口調で言い含めた。
「ジョジョォ…ぼくらは親友じゃあないか、やめるなんて言わないでくれよ」
「…だ…けどディオ……。こんなふしだらなことは…もう…」
リネンのシーツから白い肩を半分だけのぞかせて、ジョジョは幾分気弱く言い返すと、ためらいがちにその唇をぬぐった。
怒りっぽいところがまだ完全には直っていないおれの眉は、たちまち苛立ち
を含み、ピクリとつりあげられた。
「ほほう!今のこのディオのキスが…ふしだらだとでもいうのかい?ふしだらというのはなァ―ッ!こういうことだァッ!!」
おれはジョジョの上からシーツを剥ぎ取り、裸形のジョジョを押さえつけると、まだぐっちゅり濡れたままのジョジョのその部分に、後ろから乱暴に罰を与えた。
「ンッ!!う…あッあ…ディ…ディオッ!」
イク寸前まで追いつめてから放置してやると、ジョジョは唇を噛みしめ、小刻みに体を震わせた。
「き…君ってヤツは…残酷すぎるぞッ!ぼくを…こ…こんなッ…」
おれはほくそ笑み、勝利の切り札を投げつけた。
「ジョジョォォオオ――!君がさっき言ったことを撤回するまで…『親友として』、おれは最後までしてやらんッ!」
「ッ!ディオッ……」
強情にもジョジョは口をつぐんで我慢している。
おれは数回だけゆっくりと腰を動かして誘導し、もう一度ジョジョに聞いてやった。
「なあ…ジョジョ…君はこれからも…おれと『友情』を深めるよなァ?」
ジョジョはギュッと目をつぶり、真っ赤な顔をして、わずかにうなずいた。
(フン!だからこのディオに逆らっても無駄なのだ…マヌケがァ!)
まぶたを一生懸命閉じて震えているジョジョのおもざしに、妙な愛着を感じたおれは…おあずけを解くと、めいっぱいジョジョをイかせてやった。
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