ディオ・ブランドー × ジョナサン=ジョースター W

(最近!おれはどうもおかしい!気持ちが荒れている!…なぜか?ジョジョのやつのせいだッ!)
 自室の机に、おれはウイスキーの瓶をたたきつけた。
 ……初めてジョジョを抱いてから…もう6年が経とうとしている。
 いつの頃からだっただろう…ジョジョがおれに抱かれるのをイヤがるようになったのは。

 最初のうちは、単なる気まぐれだと、気にも留めていなかった。
 力づくで快感にひたらせてやれば、顔を赤らめておとなしくなったから…なんのことはない、子供じみたおねだりの一種だと思っていた。
 だが…今!それがこのディオの読みの甘さであったと痛感させられる!
 あいつはこのおれに、カラダでは逆らえないのをよく知っていて…いったん組み敷かれれば、観念したように黙っておれに身をまかす。
 しかしその後は…いくらおれが心を尽くしてやっても、ただ早く終わってくれといわんばかりに憂鬱そうに目をつぶり、シーツの上でされるがままに揺れている。

 クソッ!――ジョジョの心はこのディオから離れるばかりだッ!
 そして…認めたくないが…肌を重ねるうち、おれはいつのまにかジョジョに、離しがたい愛着を感じるようになってきているッ……!
 このディオともあろう者がだッ!

 このディオの人生は、あいつのおかげで狂い始めている!
 ジョジョのやつ、このおれとの関係を清算するつもりなのだろうか?それが気になる!
 まさか、どこぞに好きな女でもできたのでは!?どっちだ!?
 酒!飲まずにはいられないッ!
 あのクズの父親と同じようなことをしている自分に荒れているッ!

「ディオ……すこしいいかい?」
 突然扉の向こうから、低く抑えたジョジョの声がした。
 おれは急いで酒瓶を机の引き出しにしまった。
「ああ、なんだいジョジョ」
 鷹揚にかまえて戸口をふり向くと、決然とした面持ちでジョジョが部屋の中へと入ってきた。

 硬い微笑を浮かべているおれの横顔を目にしたとたん、ジョジョは優しげなその眉をひそめた。
「ディオ…君、酒を飲んでいたのかい?」
「い…いやなに…眠れなかったんでね、ちょいと薬がわりに一杯やっただけさ」
 歯切れ悪く言葉を濁しながら、おれは自分に腹を立てていた。
(クソッ!おれはなにをジョジョ相手にヘタな言い訳をしている?…なにをこいつの思惑を気にして、自分の言を左右している!)

「君のほうからぼくの部屋に来てくれるなんて珍しいじゃあないか、しかもこんな深夜に……いったいどういう風の吹き回しだい?ジョジョ」
 関係を重ねるのを恐れ、近頃では決して自分からはおれの部屋に近づこうとしないジョジョに向けて、おれは皮肉まじりに日頃の苛立ちをぶつけた。
 ジョジョはそれには答えず…ただジッとおれの瞳をみつめた。
 あまりに迷いなく、ひたむきにみつめられたので…このディオとしたことが、不覚にも気おくれがするようだった。

 黙りこくっているおれの傍に寄り添うと、ジョジョはそっとおれの手をとり、あたたかなその手を 重ねて、伏し目がちに囁いた。
「ディオ……今晩、君といっしょに寝ていいかい?」
「…………ジョジョ!」
 この6年のうちで初めてジョジョ自身の口から漏れたその言葉に、おれは思わず息を飲んだ。
 普段の演技も忘れ、感情のままに危うくジョジョを抱きしめかけた。
 おれのモノだった!……ジョジョは……やはりこのディオのモノだった!

「やっぱり…君、寝る前にしては強すぎる酒を飲んでたみたいだね」
 シーツの中…知りすぎた互いの唇を淡く濡らしあったあとで…ジョジョはとがめるように、そうおれに囁いた。
「フン……セックスに酒はつきものだからなァ」
 自信を取り戻したおれは薄く笑い、ジョジョのあごをつまんで、わざとぞんざいに唇を落とした。
 溶けあっていく唇の感触に…自分でも扱いかねる甘い疼きが、波紋となって胸の奥に広がった。

「で…君は…今日おれにどうして欲しいんだい?ジョジョ」
 いつもよりは優しくボタンをはずしてやりながら、おれはジョジョに訊ねかけた。これまで一度たりとも、ジョジョの意向など聞いてやったことがなかった 、このおれが…。
 ジョジョは羽根枕に純朴なその横顔を沈め、まぶたを閉じた。
「好きにしてくれていいよ…ディオ、君が満足できるように…存分に抱いてくれていい」

「………」
 夜もほのかに白み始めた頃…汗ばむ胸にジョジョの体を抱いたまま……おれは初めてためらった。
 ジョースター家の爵位財産を奪う…あの計画の実行を!
 このディオには、たとえ独力でも…すべてを勝ち獲る力がある……。
 7年越しに、ようやく手に入れたジョジョの心を失ってまで…奪いとる価値のあるモノなのか、それは…?

「ディオ?……君がそんな顔するなんて、珍しいこともあるものだね」
 生まれついての貴族の子息らしい人の好い指先が、眉間にシワを寄せているおれの額にふれた。
 おれが顔をあげると…ジョジョは限りない優しさを込めて、ただそっと…おれの体を抱きしめた。
 この6年……どんなに激しく抱いても味わうことの出来なかった懐かしい充足感に、おれの心は満たされた。

 …ついにおれは…受け容れざるをえなかった。
 このディオが……ジョナサン=ジョースターという人間に、抗いがたく魅せられているということを!
 鋭くそびえるプライドゆえに、おれは手にあまるこの激しい感情をそのまま真逆の憎しみへとすり替えて…ただ痛めつけることによってしか、ジョジョを愛せなかった。
 だが……もう、こんなガキっぽいことは今日で終わりだ。
 今宵…おれはついに…ジョジョの身も心もこの手に入れたのだから。

「なあジョジョ誓おう……ぼくはこれから君を」
 呟いたおれの唇を、ジョジョはそっと押しとどめ、淋しそうに微笑んだ。
「…………ディオ!これで終わりにしよう」

「な!?なんだと……」
 おれは耳を疑った。
 普段の冷静さを忘れ、完全に声がうわずった。
 返事のかわりに…一点の曇りもない澄んだ涙が、ジョジョの頬をつたった。
「ディオ………ぼくらはもう大人なんだ…」
 語り聞かせるように、穏やかにジョジョは呟いた。
「つまり神の目は、もう…ごまかせないということだよ、ディオ…」

「神…神だと!?神などいるものかッ!真に救いの必要な者を鞭打ち罰する存在のどこを…恐れる必要があるッ!」
 額に手をあて、おれはジョジョに指を突きつけた。
 ジョジョは静かに首を振った。
「そうじゃあないディオ…ぼくの言ってる神というのは、人の内に宿る真実のことさ……君には残酷な言葉になってしまうが…ぼくはもう、自分を裏切ることはできない」

「……………」
 黙りこくったおれの手を、ジョジョは包むように握りしめた。
「ディオ、ぼくは気が重い……君を愛していたとはいえないが…誰より深く知りあった君に、別れを…告げなくてはならないなんて……切ないよディオ…本当に……わかってもらえないかもしれないが、これは本心だよ……ディオ」

 ――あの日を境に、ぼくとディオの秘密の関係は終わりを告げた。
 激昂するかと思っていたが…彼は意外にも…物わかりのよすぎるぐらいに理性的な口ぶりで、こう言った。
「ジョジョ…君はそういう奴さ……その気持ち、君らしいやさしさだ……理解するよ」
 そう呟くディオの横顔は、いつにもまして冷ややかに研ぎ澄まされ、ゾッとするほど美しかった。

 だが…ぼくは瞬間、見てしまった。
 ぼくだけが知っている、7年前のあの殴り合いの時から変わらぬ彼のクセ…。極限に神経が昂ぶった時あらわれる、あの…こめかみのひきつりを!
(ぼくは……これまでぼくは、背徳の欲求のためだけに、ディオに利用されているのだとばかり思っていた…。だが……それは、ぼくの勘違いだったのだろうか?…まさかとは…思うが……。まさか…?彼は……ぼくのことを……?)

 ――…ディオと紡いだ秘密のこの6年…。
 …誰より強烈な色彩をはなつ彼に、このぼくとて…恋にすら似た陶酔を感じた晩がないといえば…ウソになる。
 彼と別れて以来……ふと目醒めた夜更けなどに襲われる、ポッカリ穴の開いたようなこの気持ちはなんだろう。
 まるで…自分の半身が、何処かに行ってしまったように…淋しい。
 ぼくは…自分の中の真実に従ったはずだったが……。
 もしかすると…なにか……重大なモノを見落としてしまったのだろうか?
 …………。

 い…いや……。そんなはずはない。
 やはりぼくたちはもう、終わりにするべきだった。
 万に一つ、ディオがこのぼくに対して…。
 恋…を…感じていたとしても、だ…。

 …だって、ぼくとディオは男どうしで…いずれにしろ、こんな関係はいつまでも許されるはずがない…。
 お互い…早く運命の女性を見つけて…まっとうな道に立ち戻るべきなのだ。
 それがディオ……血の繋がった家族のいない君にとっての…本当の幸せにもつながると……ぼくは思うんだよ……。

 ――相変わらず彼は、親友としてぼくに接してくれている。
 まるで何事もなかったかのように、以前と変わらぬ親しみをぼくに向けてくる。
 変わったことは何もない。
 ぼくは今でも正直なところ、彼に心からの友情を感じることはできずにいるが…それでも彼はいい奴だし……ぼくと彼はこれからも終生、よき友人でありつづけるのだろう。

 いや…変わったことといえば、一つあった。
 あの晩から数日ほどたった頃…父さんがカゼをひいたのだ。
 すぐ治るかと思ったのに、こじらせたようで、もう1ヶ月も寝込んでいる。
 クリスマスも間近だし…それまでに早く父さんには、元気になってもらいたいのだが……。