「いくぞジョジョ!…そしてようこそ!我が永遠の肉体よ!」
向かってきたディオの首に、ジョナサンは持てる力の全てを振り絞り、鋭い鉄のかけらを突き刺したのでした。
「な!」
バッ…ドスゥ! 反動なのか…ジョナサンに突き飛ばされたのか…。
わたくしはゆっくりと後ろに倒れこみながら。声もなくただ…その蒼ざめた夫の横顔に目を奪われていました。
迫りくる死を知らぬではないジョナサンの両眼は、この世ならぬ光を宿してカッと虚空に見開かれ、殉教者のごとく天をふり仰いでいたのです。
真紅の血しぶきにのけ反りながらも、憑かれたように静謐な表情を浮かべて、ディオの美しい首を刺し下すその姿は、厳粛なる妖しさを漂わせ…さながら宗教画のようでありました。
オギャアオギャァオギャアオギャアホギャア…
床に投げ出され呆然としていたわたくしは、隣で泣いている赤ちゃんの声で我に返りました。
……そうです。
「あなたと伴に死にます」
そう告げたわたくしへ、ジョナサンは途切れ途切れにこう命じたのでした。
「泣いてくれても…いい…恨んでくれても…いい……でも…君はその赤ん坊とともに……生き…なくては…ならない」
ああ…ジョナサン…わたくしの最愛の夫!
あなたはなぜこのわたくしに…伴に死ぬことをおゆるしにならないのですか?
――最後の血を吐きながらぼくは、ディオの首を胸深くに抱え込んだ。
ああディオ…ディオ・ブランドー……。
君という人間は…ぼくの青春に、あまりにも鮮烈で濃い影を落とした。
死を前にして今…ぼくは初めて打ち明けられる。
ぼくは…自分ですら気づかぬ心の奥底で……誰より残虐で誰より美しい君に……怖いぐらいに魅かれてた――。
君を突き放した本当の理由も…今ならわかる。
光と闇のごとく相容れることのない君に、惹かれるがまま心を預け、自分の本質を見失うのが怖かった。
だが死を前にして……ぼくははじめて君を愛そう。
ぼくらに限り…死はふたりを別たない。
死…。
恐らくはそれだけが……あまりにも正反対のぼくらの魂にゆるされた、唯一の安息の場所なのだ――。
ねえディオ…君のいうように…ぼくらはやはり、ふたりでひとりだったのかもしれないな…。
奇妙な友情すら感じるよ…。
そして今ふたりの運命は完全にひとつになった…。
そして船の爆発で消える…。
「―――幸……わせ…に……エリナ」
最後の最後に、君ではなくディオと逝くことを選んだこのぼくを…ゆるしてくれエリナ。
ディオは……ぼく。
ぼくの影……ぼくの半身だった……。
裏返せばぼくらはひとり…。
ふたりでひとつの魂だった。
そのことに気づいてしまった以上…ぼくは、ディオとの道をゆかずにはいられない。
エリナ……君のことは愛していたよ……ディオの次に……誰よりも愛してた…。
だからエリナ…君はぼくと死んではいけない……。
君だけを愛する人と生きるんだ……わかったねエリナ……。
「…………」
――わたくしは赤ちゃんを抱いたまま、無言のうちにすべてを悟りました。
彼…ジョナサンの魂は……ついに…ディオを選んだのだということを。
ディオの首を抱くジョナサンの澄んだ瞳は、聖母のごとき安らかな慈愛に満ち……ふたりのたたずまいは、じきに全てが海の藻屑と消えてしまう緊迫の中で、静謐なるセレナーデを奏でていたのです。
二つの相容れぬ旋律は…反転して今ピッタリと重なりあい…もはや何人も立ち入ることの叶わぬ、荘厳な魂の調べとなりました。
わたくしは…神という名の魂の領域を感じとり、ただおごそかな涙にうたれました。
ああ…今ジョナサンの薄く開いた瞳は……わたくしのほうを向いてはいるが…もはやわたくしを見てはいない。
彼の心は今、長きにわたる曲折を経て……ついにディオのものとなったのです……。
「はなせ…ジョジョォォ……離すんだ、考えなおせジョジョ…おまえにも永遠をやろうではないか!その傷もなおす…エリナと永遠を生きられるぞ…ジョジョ!」
――叫ぶディオの首を、ぼくはあやすように抱きしめた。
ああディオ…もうひとりのぼく……それは違う。
ぼくらの永遠は…この世でのぼくらの生とひきかえにのみ、ゆるされる……!
ぼくらの関係とは本来…そうしたものなのだ…。
そしてディオ……君も本当はもう…そのことに気がついているはずだ…。
誰より残酷で、誰より美しいディオ……。
この世では決して重なることの許されぬ、もうひとりのぼく…。
だがもう金輪際…君の魂をひとりぼっちにはすまい……。
君の望むとおり…今この時よりぼくは、君と伴に完全なる死を生きよう……!
永久(とわ)に君のそばに……ディオ………。
「ジョジョ…!?」
――縛めの役目を果たさなくなったその腕に戦慄して、おれはジョジョを見上げた。
「こ…こいつ……死んでいる……!」
…もはや何ものをも映してはいないジョジョの瞳は…深い寛恕と慈愛とを奥底に湛え、この世でただひとり、ただこのおれだけを見つめていた。
すべてを見透かすその清らかな瞳に…おれの邪悪なる魂はあまねく照らし尽くされ、沈黙のうちに鎮められた……。
迫りくる爆発も忘れ、おれは……実に20年ぶりにおれのもとに戻ってきた我が半身の胸に抱かれたまま、絶えて聴くことのなかった至福の魂の調べを聴いた――。
|