空条承太郎 × 空条ホリィ

「承太郎…ママにボールを投げて」 
 ぼくのママは世界一…やさしくって美人であったかい。
「フフ…おじょうずおじょうず」
 エイッてボールを投げ投げしたら、ママはいつもいっぱいほめてくれるから、ぼくはもっと遠くに投げようと思うんだ。

「承太郎あしたの運動会ガンバッてね」
「うん」
 お味噌汁をよそってくれるママに、ぼくはうなずいた。
 お父さんは明日も演奏旅行中で運動会には来ないけど、ママが来てくれるからぼくとっても嬉しいよ。
 ママ見ててね、ぼく…ママのために、きっとかけっこで一等をとるよ。

 今日からぼくも中学生だ。
 入学式の帰り、レストランの前で、かあさんがぼくに聞いてきた。
「承太郎なにか食べる?」
 もちろんぼくはすぐに答えた。
「家に帰ってかあさんの料理の方がいいな」
 かあさんの手料理は、どんなシェフの作るフルコースよりおいしい。

 1年経って…いつのまにか、ぼくの背丈はかあさんを追い越した。
「かあさん、学校行ってくるね」
「ハンサムさんね承太郎…ハイ、いってらっしゃいのキスよ、チュッ♡」
「いってきます」
 ぼくはかあさんに手を振って、玄関を出た。
 幼稚園の頃からかあさんは、いつもこうしてぼくに見送りのキスをしてくれる。
 今日もかあさんは、広い家にひとりきりだ。
 部活が終わったらなるべく早く帰って、不在がちの父さんの代わりに、ぼくがしっかりかあさんを守ってあげなくちゃ。

 ガヤガヤガヤ…
 部活がいつもより遅くなったので、急いで部室で着替えていると、友達がぼくに話しかけてきた。
「おいJOJO…今よォ、みんなで好きな人の話してたトコなんだけど…JOJOは当然好きな人いるよなあァ?」
「好きな人…?ああ、いるよ」
 タオルで汗を拭きながらぼくは答えた。

「オワァァ〜とんでるゥ〜JOJO!…もしかして、ふたりで一緒にどっか行ったりとかしてんのかァ〜?」
「え?…うん、休みの日はいつも一緒に買い物にいくけど」
 なにげなく答えたところ、部室にいたみんなが目を輝かせ、身を乗りだしてきた。

「も…もしかして手ェつないだり、腕とか組んじゃったりしてる?」
「ああ、してるよ?」
 なんでそんな当たり前のこと聞いてくるんだろう、とぼくは思った。

「も…も…もしかして、キスとかしちゃったりしてるのかァ〜〜?」
「キス…?うん、してるけど」
「く…唇にするキスもしたことあんのかァァ〜〜!!」
「ああ…よくするよ…でもみんなもしてるんだろ?」
 聞き返すと、友達は皆ほっぺに手をあてて口々に叫んだ。

「シビれるゥゥ〜さッすがJOJO!言うことが違うぜェッ!ススんでるゥゥ〜〜!」
「JOJOはいいよなァァ〜…カッコいいし、頭いいし、運動神経グンバツだし音楽まで得意だしよォォ!」
「モテモテだもんなァァ〜」
「なあァァ〜」
(モテモテ…?)

「JOJOォ!おまえ、もう何回ぐらいキスしたんだァ?」
 ウットーしいぐらいに顔を近づけて、友達はきいてきた。
「そんなの、憶えてないよ…毎日、朝と寝る前にしてるんだから」
 肩にカバンをひっかけながら、ぼくは答えた。
「え?…寝る前?」
「な…なあJOJOォ…まさかとは思うンだけど、おまえさァ……おまえの好きな人って……誰?」

 部室のドアに手をかけながら、ぼくは振り返った。
「誰って……ぼくのかあさんだけど、何か?」

 とたんに、部室中が大爆笑につつまれた。
「ブヒャヒャヒャヒャァッ〜〜や…やべーよッ!JOJOのヤツ、マザコンだァァ〜〜」
「マザコンだァァ〜〜」
「だァァ〜」
 みんながぼくを指さして、笑い転げだした。

「マザ…コン…?なんだよ、それ」
 状況を把握しかねて立ち尽くすぼくに、からかいに満ちたヤジが飛んできた。
「知らねーのかよォ〜JOJO!…マザコンってのはなァ…母親離れしてねーママべったり変態野郎のことなんだぜェッ〜〜!!」
「…………」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 次の瞬間、おれはブチきれていた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ――ッ!!」
 コケにされたのも激しくムカついたが、それ以上にかあさんとおれのやさしい絆を土足で踏みにじられたのが、許せなかった。
 部室にいたヤツラを、オレは全員ブチのめしてやった。
 以後…おれのことをマザコン呼ばわりするヤツはいねえ。

「承太郎…なんでお友達を殴っちゃったの?きゃーききたくないききたくない♡」
「…………」
 おれは押し黙っていた。
 かあさんに言えるわけがねえ。
「承太郎…ねえ承太郎」
「やかましい!うっとおしいぞこのアマ!」
 その夜、生まれて初めてかあさんに投げつけた乱暴な言葉に、かあさんは泣き出すかと思ったが…意外にも笑顔のままおれの腕にしがみついてきて、こう言った。
「はあーい♡承太郎も思春期なのね…ルンルン♡」

 それ以来おれは、いつも持ち歩いていたおふくろのポートレイトを生徒手帳から抜きとって机の奥深くに隠したし…おやすみのキスだってもうしてねえ。
 呼び方も『おふくろ』に変えてわざと乱暴な口を利き、おふくろがおれを怖がるように、鎖やピンをジャラジャラつけた長ランまで着るようになった。

 だが、おふくろはそんなことは一向気にかけず、その後も以前と変わらぬ態度でオレにまとわりついてきた。
「承太郎ハイ、いってらっしゃいのキスよ、チュッ♡」
「このアマ〜いいかげんに子離れしろ!」
 おれは顔をしかめ、嫌がるフリをしながら…おふくろとの、この『いってらっしゃいのキス♡』だけは、17になった今でもコッソリ毎朝続けている。