空条承太郎 × 花京院典明 ]Y - コリント第十三章 -

 目を醒ましたら…すでに昼だった。
 低血圧でもないこのおれが、なぜ遅くまで寝ていたのか…理由は推して知るべしである。
 隣の枕を振り返ると、昨晩花京院が身につけていた浴衣が、キチンと折りたたまれて置いてあった。 

 食いものと花京院を探しに台所へ赴いたおれは、廊下の突き当たり右にある小部屋の前でふと…その足を止めた。
 普段人の出入りのほとんどないその衣裳部屋の奥から、ひそかに男女の戯れ興じあう声が漏れ聞こえてきたからである。
「キャッ♡だめよ典明くん…まだ脱がないで♡」
「いいえ、そんなコト言っても遅いんですよホリィさん…いくら貴女の頼みでも、ぼくもうこのまま脱いじゃいますからね…」

 人妻、密室、若い居候…!
 ――とっさにあらぬ光景を思い描いたおれは、ほとんど血相を変えてその場に踏み込んだ。
「おいてめーら何やって――……!!」
「きゃああああああ承太郎ッ!」
 入れ替わりに、お袋のウレシそうな叫び声がおれの怒号をかき消した。
「来てくれて嬉しいわお寝坊さん♡あたしの願いが息子に通じたのね…さ、承太郎…早く典明くんをエスコートしてあげて♡」

「てめーなにワケのわからないコトいって…………!!…」
 声を荒げながら花京院のほうに瞳を走らせたおれは、胸に匕首を突きつけられたようにその場に立ち尽くした。
 白い薄紗のヴェールをかぶった花京院が、気品溢れる純白のウェディングドレスにすらりと姿勢よく身を包み、口辺にほのかな微笑を漂わせておれに笑いかけていたのである。

「おはよう承太郎…けっこう似合ってるだろ?ちょっぴり裾が浮いてるけど」
 花京院はあながち満更でもなさそうな笑顔で、ドレスの裾をふんわりつまんでみせた。
「…………知らん」
 おれは思い切り無愛想に言い捨てた。
 似合っているどころではない。
 眩しくて鼻血を吹きそうだ。

 花京院は手袋をしなくても十分に白いその手を、細くしまった腰のあたりで貴婦人のように品よく組んで微笑んだ。
「実はさっき、ホリィさんの衣装箪笥の陰干しを手伝っていたんですよ…そしたら、ホリィさんが結婚式で身につけた想い出のウェディングドレスが出てきたんだ」

「そうなの、これはとっても大切なドレスなのよ承太郎♡このウェディングドレスを、娘にも着せてあげるのがママの夢だったの♡典明くんは男の子だけれど、お身丈がこのドレスにほぼピッタリだから、無理を言ってお願いしてみたのよ…そしたら、こんなに素敵な花嫁さんになってくれるんですもの…ママ願いが叶ってよかったわ♡」
 おふくろはニコニコしながら、花京院の腕によりかかった。

「そういうわけなんです承太郎…ぼく、ホリィさんの頼みにはどうも逆らえなくて…」
「ウフフ優しいお嫁さんがきてくれてよかったわ♡」
 もはや実の息子であるおれ以上に、おふくろの息子…になりきってしまった感のある花京院は、完全におふくろのノリに同調して、天然のお花畑ムードを醸し出しているのだった。
「ケッ…花京院、あんまりおふくろを甘やかしてんじゃあねーぞ」
 ふたりのノリについていけないおれは、軽く舌打ちして出て行った。

 ――しかし…花京院のウェディングドレス姿をこの目にするだなんてことは、考えたことがなかった。
 なぜなら花京院はおれにとって…正真正銘の男だったから―…。
 
「何考えてるんです?…承太郎」
 物問いたげな指先でふれられて、おれはフッ…と回想から醒めた。
「いやなんでもねえ…」
 シーツの中で膝をたてながら、おれは傍らに臥せっている花京院の体を腕の中にたぐり寄せた。

 日本を出てから…もう一ヶ月になる。
 初めて花京院に肌を許されたあの晩から、もうどれだけの夜が過ぎたろう。
 いつとはなくおれは…情事のさなかの焼けつくような激しい体の欲求を超えて、快楽の果てに訪れるこの優しい時の憩いの中にこそ、言葉に尽くせぬ深い喜びを見出だすようになっている。

 道ならぬ想いをかけたこの親友に、おれは偽りでない真情のこもったまなざしを投げかけた。
 あれほど激しく愛したばかりだというのに…オレの体を離れて、なにごとかに心傾けている端正なその横顔に…知らず知らずまた…この心が惹かれていく…。
 まったくよく飽きねえなと、自分でもおかしくなるほどだ…。
 なみなみとシーツにあふれる赤毛を、おれはそっと右手でなでやった。

 ――花京院のやつは…きっと知らねえ…。
 時折、抜き身の剣のごとくにひらめく、非の打ちどころのない潔癖さ…。
 取り澄ました氷のようなまなざしや、唇の意地悪な冷たいふるえ…人を馬鹿にしたような命令的な表情すらも…そのことごとくが抜きがたい魅力となって、オレの心をとらえてやまぬことを…。
 口に出し得る言葉の何倍にも増して、このおれがてめーを…愛していることを…。

「………」
 おれは花京院の手をとり、唇を重ねた。
 この指先のこまやかさも…気難しげな甘い唇も…全部すべておれのものだ…。
 誰にも触れさせない…。
 誰にも一生…傷つけさせない…。

 ――愛は寛容にして慈悲あり…愛はいつまでも絶ゆることなし…。

 空条承太郎…私は花京院典明の健やかなる時も病める時も…これを愛し、これを敬い…これを慰め、これを助け……死がふたりを別っても…永遠に愛し続けることを誓います――…。