「返事ぐれーしろってんだよ……おい花京院」
「…………なんですか」
ベッドにうつぶせに寝っ転がったまま、ぼくはようやく生返事をした。
「なんかおめー今日、変だぜェ〜…マグロみてーにのびてんじゃあねーよ」
「ほっとけ」
投げやりに言い返すと、ぼくは抱きよせたクッションに顔をうずめた。
――沖で漂流していたのを漁船に救助され、シンガポールに着いたのが昨日だ。
チェックイン当日の割り当てでは…承太郎とぼく
はツインルーム、ポルナレフとあの女の子はそれぞれシングルルームに泊まることになっていた。
しかし、ポルナレフが呪いのデーボに襲われ負傷したため、一人にしておくことが出来なり、2日目の今日になって部屋割りが変更になった。
つまり今日から、ぼくはポルナレフと同室…承太郎とは離れ離れというわけだ。
それだけなら別によかったんだ…。
だが、そこへ…あの女の子が………。
「あたしコワーイ、今日はゼッタイJOJOと同じ部屋に泊まるんだから!」
そう駄々をこねた。
「しかたあるまい、この子を一人にしとくと、いつまた巻き添えを食うかわからんからな…承太郎いっしょにいてやれ」
ジョースターさんがそう命じたため、承太郎とあの子は今晩…同じ部屋に…泊まることに決まった。
そして一時間ほど前、承太郎はあの女の子を腕にぶらさげて、昨日ぼくと過ごしたあの部屋へ入っていったのだった。
「フ―………」
ぼくはどうやら…嫉妬してるらしい……あの女の子に。
あんな年端もいかない女の子に対して、ジェラシーを抱くだなんて…。
ぼくってヤツは、承太郎を常に自分ひとりのモノにしなければ気がすまないような、心の狭いヤツなのだろうか?
……独占欲……ううッイヤな響きだ…。
バカげた憶測だって、頭じゃあわかっているのに……。
なんだかあの女の子がいずれ、承太郎の心をぼくのもとから奪い盗ってしまうんじゃあないか?という気持ちにさせられる。
あの子は美人ではないが、ぼくにはない押しの強さがある。
承太郎の祖父のジョースターさんも、闘いの途中で出会った女性と結婚されたというし……まさか承太郎の場合、あの子がその相手にあたるんじゃあないか…?
「なあ花京院よォ…おれちょっくら下でメシ食ってくるぜ!」
「…………ん」
相変わらず鬱なぼくを残し、ポルナレフはいつもどおり悩み事のなさそうなテンションで部屋から飛び出して行った。
「……………」
ぼくは仰向けになって、天井を見上げた。
さっきは、落ち込んでるぼくに構わず延々話しかけてくるポルナレフを正直ウットーしいと思ったが、こうして完全に一人にされると、よけい鬱になる。
ポルナレフと同室でまだしも救われた、というところか…。
これまで…承太郎の気持ちがぼく以外に行く可能性なんて、考えたこともなかった。
だが、こんな状況に陥ると、どうしても考えずにはいられない。
そもそもこのぼくには、承太郎をずっと惹きつけていけるだけの人間的魅力があるんだろうか…なんてことを。
たとえば、承太郎には打ち明けていないが……これまで17年間、ぼくが一人も友達をつくらなかったことを知ったなら…承太郎、ぼくに幻滅しやしないだろうか……。
ってダメだ……完全にどうかしてる!
…嫉妬は理性的な思考力を奪うってのは本当だな。
承太郎は物事のうわべだけを見て、人間の本質を判断するようなヤツじゃあない。
それはこのぼくが一番、知ってるはずじゃあないか……ハァ…。
ガバァッ…と、ぼくは起き上がった。
そうだッ!こんなところでフテ寝してるヒマがあったら、承太郎に会いに行こう。
一人でいるから、いらんことを考えるに違いない。
コンコン…
「承太郎…ぼくです」
「入りな…開いてるぜ」
承太郎の声に勇気づけられて、ぼくはドアをあけた。
「ねえねえ…JOJO聞いてよォ」
目に飛び込んできたのは、頬杖をついて休んでいる承太郎の首ねっこにあの女の子がかじりつき、脚をバタつかせている光景だった。
一見、承太郎はタバコをふかし相手にしてないふうだったが……不思議な直感でぼくは、承太郎がこの子にそうされるのをまんざらイヤがってないことを読み取ってしまった。
そうなのだ……。
事実、承太郎はこの女の子に対してだけは、ウットーしいという言葉を投げつけたことがない…。
ああ……こんなこと考えてイヤな気分になるなんて……ホント最低だな、ぼく。
「どうかしたか?花京院」
顔のこわばっているぼくに、承太郎が怪訝そうに声をかけた。
ぼくは笑顔を作って答えた。
「いいえ何でもないです承太郎…ただ……もうすぐ夕食の時間だそうですよ」
「…だな、いっしょに下に行くか花京院」
「ええ……そうですね」
3人で夕食を囲んでいると、承太郎が切り出した。
「おい花京院…さっきじじいに、明日インド行きの列車かバスの手配に行くよう言われたんだが…てめーもいっしょに行かねーか」
ぼくはフォークの背を下にしてそっと皿の上に置き、うなずいた。
「いいですよ、2人で行ったほうが安全ですからね」
「そうか……ところで花京院てめー、それだけしか食わねーのか?」
承太郎はナイフを持つ手をとめ、ぼくの顔を覗き込んできた。
「ええ……気候のせいかな、食欲がないんです」
ぼくは意識的に前髪で横顔を隠し、控えめに微笑した。
「ねえねえ花京院さ〜ん、あたしもいっしょについてっていい?JOJOはOKだってさ」
キャンキャン声を響かせる女の子に、ぼくは戸惑いながらも、精一杯の笑顔を向けて絞りだした。
「そ…それは……承太郎がいいのならぼくは…かまわないが」
「きゃああありがとう花京院さん!」
女の子は、無邪気にぼくの腕に抱きついてきた。
ぼくはまぶたをうつむけ、かすかに首を振った。
そうなのだ……この子は別に悪い子じゃあない……。
ただ、ぼくが…このぼくが…大人げないだけ……。
承太郎に手を振って部屋に戻った後、ぼくはずっと窓辺に寄りかかり、憂鬱な夜景を眺めていた。
「花京院おめー〜よぉ」
「………………ん?」
髪をかきあげながらぼくは、ほの暗い部屋のほうを振り返った。
ポルナレフがベッドの上で片ヒザを抱え、マジメな表情で呟いた。
「こんなこと言うのもナンだがよ……おめーそうしてるとケッコー絵になるよなァ」
「絵?……からかっているんですか?ポルナレフ」
「いや、そーじゃあねえよ……おれ、文才ねーからウマくいえねーけどよ…なんつーかオメー今、物想いにふけってる麗人って感じだったぜ」
「麗人…って…それじゃあまるで、ぼくが女性みたいじゃあないか」
力なく笑いながら、ぼくは窓辺から離れた。
ポルナレフは胸を反らし、二ッとわらった。
「いいじゃあねーか、ホメてんだからよ……でもマジでよ〜、おめーが女だったらケッコーもてたんじゃあねーの?」
「仮定の話はナシですよ、ポルナレフ…ファンタジーやメルヘンの世界じゃあないんですから」
そう呟くとぼくはポルナレフと向かいあい、ベッドに腰を下ろした。
「……それに…ぼくはこう見えても、女性にはソコソコ人気があったんですからね」
「ホ…ホントか〜〜っ…でで、おめー確か17歳だったよな、もう経験はあんのか?」
思ったとおり、ポルナレフは目を輝かせて食いついてきた。
「ぼくも男ですからね……靴箱にカワイイ女の子からの手紙が入ってたりすれば…ちょっとつきあってみたりはしますよ」
視線を横に流し、ぼくはシーツに指を滑らせた。
「そんなにたくさんというわけではありませんけど……どんなものかは一応知ってるつもりです」
「ところで、ポルナレフ…あなたはどうなんです?忘れられない女性でもいたのですか?」
一度も本心から打ち込んだことのなかった過去の情事を思い返しながら、ぼくはポルナレフに話をふった。
突然ポルナレフはその表情を曇らせた。
「…花京院……それは…聞くんじゃあねーぜ」
「………」
いつにないポルナレフのシリアスな雰囲気を察しとり、ぼくは微笑して口を閉じた。
「それよりよォ花京院…おめーさっき窓の外見て、何考えてたんだ?」
頬杖をつきながら、ポルナレフは訊いてきた。
「何も考えてませんよ…」
「わかったぜ!きっと好きな女のことだなッ!ズボシだろ花京院」
「いませんって、そんなひと」
「なに言ってやがる…それとも何か?おめーそれじゃあ、まさか男のことでも考えて物想いにふけってたってのかァ?」
ぼくは気持ちが荒れていた。
わらいながら…言わなくてもいいことを投げやりに口走っていた。
「そうかもしれませんね……ぼくは男に恋してるのか も」
「くうう〜ッ!冗談キツいぜ花京院!…まさか相手はこのおれかい?かッ花京院にキスされるゥゥゥゥ〜」
まるで本気にしていないそぶりで、ポルナレフはおどけた。
その時ぼくの心は……。
不安と、承太郎へのいわれのない非難の念…破滅的な自虐願望と、キモチを和ませてくれたポルナレフへの過剰な親近感とで、ごちゃまぜになっていた。
…どうにでもなれと思った。
「じゃあお望みどおりキスしてやる」
呟いてぼくは、ポルナレフに…あてつけのキスをしたのだった。
あてつけ……。
誰に?承太郎に……?…それとも……ぼく自身に……?
「お…おいッ!……花京院ッ!」
あわててポルナレフは飛びすさり、口を押さえた。
「お…おめーよぉ……ホントにキスしやがるバカがあるか?」
ぼくは自分からキスしておきながら、たった今の唇の感触にショックを受けていた。
「す…すまないポルナレフ……ホント今日はぼく、どうかしてるみたいだ…少し頭を冷やしてくるよ」
「ああ…そうしたほうがいいぜ花京院」
ぼくは部屋を出て行った。
――翌朝、ぼくは少し遅めに目を覚まし、あわてて承太郎の部屋に向かった。
いくらノックしても返事はなかった。
気をもんでジョースターさんたちの部屋を訪ねると、ジョースターさんもアヴドゥルさんも、いぶかしげな表情を浮かべ顔を見合わせた。
「花京院おまえ…さっき、承太郎たちといっしょに駅に行ったんじゃあなかったのか?」
「いえ……それが、寝坊してどうやら置いていかれてしまったみたいなんです」
「そ…そうか…じゃあとりあえず、君は部屋で待ってなさい」
「すみません」
午後になって、承太郎とあの子が戻ってきた。
呼び出されてジョースターさんたちの部屋に集まると、承太郎が開口一番、ぼくの顔を見て言った。
「今回の敵は、花京院…てめーのニセモノだったぜ」
「そうなのよ!花京院さんの顔がバガァ――ッって割れてびっくりしちゃった…花京院さんが花京院さんじゃあなかったのよ」
なにげなく口にしたのだろう女の子のその言葉に、ぼくは妙に納得させられてしまった。
「明日、インドへ出発するからな…シンガポールは今日で最後だ」
解散がかかって部屋に戻ろうとしたとき、承太郎がぼくをひきとめた。
「花京院…ふたりだけで話があるから、おれの部屋に来い」
ドアを閉めるなり、承太郎は口を開いた。
「花京院てめー……昨日から元気ねーな」
「そんなことありませんよ」
そう言いながらもぼくは、承太郎の視線が痛くてさりげなく目をそらした。
「やれやれ…ホントのこといわねーんなら………体にきくしかねえな」
承太郎はぼくを抱いてベッドに倒れこむと、唇をつけてきた。
「待ってくれ承太郎…ぼくは、今そんな気分じゃ……」
顔をそむけたぼくの髪を手櫛で優しくすきながら、承太郎はぶっきらぼうに呟いた。
「全部知ってるぜ」
「…え?」
「てめーが昨日からよけいなコト考えて落ち込んでるのも知ってるし、てめーに友達がいなかったコトもなんとなくわかってる」
「そう………ですか」
ため息をついてぼくは、カクンと頭をうしろに落とした。
「だからといって…そんなコトぐれーで、おれのてめーに対する気持ちは、なにも変わりゃあしねーがな」
承太郎は瞳の奥でうっすら笑うと、ぼくの顔をもちあげ、キスしてくれた。
……やっぱりキスは……承太郎とするのが一番いい……。
承太郎のここちよい重みを感じながら、ぼくは静かに目を閉じた。
肩まですべり落ちた制服の中に、承太郎の手のひらが滑りこんできた。
ハダをつたう率直すぎるその感触は、後ろめたいぼくを…次第に…息苦しくさせた。
様子のおかしいぼくに気づいた承太郎が、何か言いたげに覗き込んできたとき…ぼくは耐え切れず唇を震わせていた。
「す…まない承太郎、聞いてくれないか……ぼくは昨日…あてつけに、ポルナレフにキスしてしまった」
承太郎はピタリと愛撫の手を止め…まつげを伏せているぼくの顔を注視したかと思うと、いきなり力まかせに前髪をつかんで引っ張った。
「痛ッ…!」
「花京院てめーとはもう、これで終わりだな」
冷ややかに承太郎は呟き、ぼくから乱暴に手をひいた。
「うそでしょう承太郎……」
なりふりかまわず、ぼくは跳ね起きた。
「ああうそだぜ」
無愛想に承太郎は言い捨て、蒼ざめているぼくを腕に抱きとった。
「花京院おれはウットーしいコトは苦手なんでな…一度しか言わねーが……この空条承太郎が、てめー以外のヤツに心移りすることはまずねーから…安心するんだな」
「……すみません承太郎……」
胸をきしませながら、ぼくは承太郎のぬくもりに頭をもたれた。
「だからもう…妙な気おこすんじゃあねーぜ……心配するゼ」
そっと頬に寄せられた承太郎の掌のぬくもりに、つい…涙が溢れそうで…ぼくは声を詰まらせ、うなずいた。
|