エンリコ・プッチ × ディオ・ブランドー

 1988年のことだ。
 わたしはエジプトから来たという『時をとめることのできる男』と出逢い、親しくなった。
 その男は若く…美しく……しかしながら何百年も生きてる様な風格もあり……。
 当時わたしは16才…。
 一生を神に仕えるべく神学校をめざす学生だった。

 彼とわたしは、出逢った時からとても話が合い…彼は謎めいていたが、『とても親しい』友人となった。
 わたしがエジプトへ行ったり、彼がわたしの所へ来たり…。

 なぜ…そんな事になったのかは、今でも説明し難い。
 彼が訪ねて来た何度目かの晩に、神に仕える身でありながら…わたしは彼とベッドを共にした。
 薄暗いランプのもとに投げ出された彼の肉体は、隅々までも美しく…そして官能的で……この世ならぬ氷肌の感触と精神の高鳴りに、わたしは痺れた。

 体を離した後…ソファーに沈み込み、すらりとのびた右脚をわたしの腿にのっけながら 、彼は唐突にわたしに告げた。
「『天国へ行く方法』があるかもしれない」
 怪訝な表情を浮かべたわたしに、彼は目で笑いかけた。
「おい、妙な顔をするな…わたしの言ってる『天国』とは『精神』に関する事だよ、精神の向かうところ……死ねって事じゃあない」
 美しくととのった指先をワイングラスに添えながら、彼は続けた。

「…精神の『』も進化するはずだ…そしてそれの行きつく所って意味さ…君ならわたしの言ってる事がわかると思うが…」
 彼はソファーにもたれかかると、深くわたしを覗き込んだ。
「本当の幸福がそこにはある……『天国』へ行く事ができればな…」

「幸福とは、無敵の肉体や大金を持つ事や人の頂点に立つ事では得られないというのはわかっている…
真の勝利者とは『天国』を見た者の事だ……どんな犠牲を払ってもわたしはそこへ行く」
 深紅の焔を湛えた強い瞳の奥に、わたしはふと…永遠の中の彼の孤独をみた。

 わたしは尋ねた。
「具体的にそれはどんな方法なんだ?」
 彼はその方法を確かめるのに、わたしの助けが必要だといい…その方法は、一冊のノートに記録してあると語った。
 しかし、わたしがその方法を知る前に…ノートは焼却されてしまう。
 …1989年、エジプトでの事だ。

 焼却したのは、空条徐倫の父『承太郎』……。
 空条承太郎はその時、ノートの内容を読んだ。
 そして焼き捨てて、永遠に『封印』したのだ…誰にも知られる事のないよう……。
 …『天国』をめざしたディオ・ブランドーの生命とともに……。

 ――それ故、その数ヶ月前にエジプトで彼…ディオと過ごした数週間が、わたしと彼との最期の時間という事になる。

 待ちに待った神学校の長期休暇を手に入れたわたしは、彼の地に暮らす彼の許へ旅立った。
 容赦なく照りつけるエジプトの太陽の下でもなお、ひんやりと暗く古めかしい館の奥深くで…彼はわたしを待っていた。

 わたしが扉を開けると、彼は美しい裸身を腰骨の下まできわどく闇にさらし…マホガニーのベッドに寝そべっていた。
「やぁ…待ってたよ」
 彼はかすかに笑みを浮かべて、ゆったり身を起こし…扉の前に立つわたしのほうへ滑るように近づいた。

「相変わらず美しいね…君は」
 わたしは冷たく燃える彼の瞳に呟いた。
「フ…そんなことを神に仕える人間が言ってもいいのかい?」
 彼はわたしの腕をとりながら、意味深に笑った。
 闇にひときわ輝く彼のブロンドの髪に指をさしこみ、わたしは答えた。
「これが罪というならば、ぼくは罰を受け入れよう……ディオ…君を愛してる」

 しばらく彼はわたしの顔を興味深げに覗き込み…それから、くるりとベッドに身を躍らせた。
 ミケランジェロの彫像を彷彿とさせる眩しい肉体を、惜しげもなく闇に揺らめかせ横たえる彼…。
 エジプトの太陽のように強烈なその魅力に、わたしは心奪われ…そしてみとれた。

 彼は頬杖をつき、世間話でもするようなきさくな調子でわたしに呼びかけた。
「なぁ…来ないのか?プッチ」
「………」
 わたしは首に架けていた十字架をはずし、傍らのテーブルに置くと…無言で彼の横に腰掛けた。

「フ…再会のキスは…くれないのかい?」
 秘密めいた瞳をいたずらに煌めかせて、彼が尋ねた。
「ああ…すまない」
 わたしは、頬杖をつき横たわっている彼に身を寄せて、ひんやりとしたその唇に触れた。
 わたしの舌が彼の冷たい歯をかすめる度、得体の知れぬ戦慄が走る。

 唇を合わせたまま、情熱にまかせてわたしは彼を組み敷いた。
 反動で、見事なブロンドの前髪が、引き締まった彼の頬にこぼれかかった。
 わたしの心臓のあたりに手をあてて、彼は不意に呟いた。
「不思議だな………君はわたしの何なのだろう」
 水晶のような彼の深いまなざしが、屈みこむわたしを覗きこんだ。

「…親友だと思っているが……精神も肉体も享有した…」
 わたしはそう答え、彼の左肩にある星型のアザに押し戴くように口づけた。
「愛人というのでは…ないのかい?」
 わたしの愛撫を受けながら、彼は生真面目に問いかけてきた。
 愛撫をとめて、わたしは答えた。
「…愛人という概念はふさわしくないな…わたしが君と寝るのは肉の快楽を得るためだけではない…ディオ…君とともに『精神の高み』を感じ 、共鳴したいからだ」

 ゴゴゴゴ…グッ…ズブズブズブ…ギュン
 彼の完璧な肉体と、わたしの肉体とが深く融合した。
 あの完成された美しい男の肉体と、自分の体が一つに交わる瞬間のめくるめく感覚は…何度思い出してもこの身が震える。
 …わたしの体の下でかすかに呼吸を乱している彼は、永の年月を生きてきた人間とは到底信じられぬほどに、輝かしい青年の美しさに満ち溢れ…そして時折、全てを忘れたような穏やかで悩ましい表情を浮かべた。

 なぜ…禁忌を破るほどにわたしが彼に惹かれたか…。
 神に背くといわれるその行為を犯しながら、わたしは常々考えたものである。
 答えはいつも同じところに行きついた。
 わたしにとって彼は…神に等しい……ともすれば、それを凌駕する存在であった。

 金蘭の交わり…という言葉がある。
 わたしが彼を抱いたり…彼にわたしが抱かれたり……。
 終わった後はいつも、わたしたちはベッドの上でそれぞれ本に没頭しながら、気だるい時の流れと言葉の要らぬ心の繋がりを楽しんだものだ。
 その日も私たちは行為の後、ベッドに寝そべって気の向くままに本を読み耽っていた。

「なぁ…知ってたか?プッチ」
 突然、彼が口を開いた。
「パリのルーブル美術館の平均入場者数は、一日で4万人だそうだ」
 わたしは肩越しに、彼を振り返った。
 彼が手にしているのは、 LOUVREの美術図鑑だった。

「この間マイケル・ジャクソンのライブをTVで観たが、アレは毎日じゃあない…ルーブルは何十年にもわたって、毎日だ……毎年4万もの人間がモナリザとミロのビーナスに引きつけられ、この2つは必ず観て帰っていくというわけだ…スゴイと思わないか?」
 本の隙間からわたしに視線を流して、彼はすこし熱っぽく語った。

「スゴイというのは数字の話か?」
 わたしは軽く身を起こし、訊ねた。
「そうではない…すぐれた画家や彫刻家は自分の『魂』を目に見える形にできるという所だな…まるで時空を越えた『スタンド』だ…そう思わないか?特にモナリザとミロのビーナスは…」
「興味深い話だな…レオナルド・ダヴィンチがスタンド使いかい?」
 わたしは身を乗り出した。

「なぁ……」
 本を閉じると、彼はゆっくりと起き上がった。
「わたしは君のことを言ってるんでもあるんだ…君のホワイトスネイクは『』を形にして保存できる」

 次の瞬間…彼の手が、わたしの手首を強く握り締めていた。
 彼は美しいその顔を近づけて、ひどく真剣なまなざしでわたしを見据えた。
「君はわたしをいつか裏切るのか?なぜわたしを襲わない?君はわたしの弱点が太陽の光で昼…暗闇で眠るのを知っている…わたしの寝首をとればいいだろう……わたしの『ザ・ワールド』をDISCにして奪えば君は王になれる」

 つかんだわたしの手首を、彼はググッ…と自分の額に引き寄せた。
「…やれよ……」
 張りつめた闇の緊張のうちに、彼とわたしの視線がぶつかりあった。
 彼は表情を消し…その秀でた額に、わたしの指先を無理矢理触れさせた。

 わたしは無言で抗い、つかまれたその手を引っ込めようとした。
「DIO…そんな事は考えたこともない…ぼくは自分を成長させてくれる人間が好きだ…君は王の中の王だ……君がどこへ行きつくのか?ぼくはそれについて行きたい……」
 そして…彼の真紅の瞳を静かに見透かし、祈りを捧げるように囁いた。
「神を愛するように君のことを愛している」

 それでも彼は無表情のまま、つかんでいたわたしの指先を自らの額にメリ込ませた。
 グッ…ズブズブズブズブ…ギュン
 わたしの指先に、彼のスタンド…『ザ・ワールド』のDISCが触れた。
 彼は…何ものをも見ていない虚ろな瞳で、わたしから両手を離した。
「………」

 そう…わたしさえその気になれば、その時わたしは彼のDISCを抜き得たのである。
 だが言うまでもなく、わたしはそのまま何もせず止まっていた。
 迷っていたからではない。
 愛し、尊敬している彼に『試された』事に…深い哀しみを覚えたのである。

 ズボァアァ…
 突然彼は勢いよく頭を振り払うと、額からわたしの指先を抜き…後ろを向いた。
 初めてみせる淋しげな背中をわたしに向け…彼はうなだれた。
「すまない…君を侮辱してしまったか……思ってもみなかったのだ…話をしていると心が落ちつく人間がいるなんて……君がいなくなるのが怖かったのだ……君は気高い聖職者になるだろう」

「………」
 わたしは静かに立ち上がり、憂鬱な表情で立ち尽くしている彼に赦しの接吻を与えた。
 わたしが唇を離すと、彼はその妖しい色気に満ちた美しいまなざしをサッと床に伏せた。
「プッチ…君は……恐ろしくないのか?………このわたしが」

 意外な彼の問いかけに、わたしは首を傾げた。
「恐ろしい?わたしが…君を恐がる必要が、一体どこにあるというんだい…?ディオ…他ならぬ君なのに…」
 濡れたような彼の深紅の唇が、一瞬小刻みに震えた。
 透きとおるような彼の白い肌に、わたしはそっと腕をまわした。 

 わたしたちは前にもまして深く抱き合い、夜が明けるまで求めあった。
 高みに向かう途中で、彼が囁いた。
「必要なものは『わたしのスタンド』だ…『ザ・ワールド』…我がスタンドの先にあるこそものが人間がさらに先に進むべき道なのだ…必要なものは信頼できる友…いつかそのような者にこのDIOが出会えるだろうか?…そう思って旅をしてきた……そしてようやく出逢えたよ、プッチ…君だッ…!」

 互いの精神がエクスタシーに感応しあった瞬間、再び彼が耳もとで囁いた。
「『』はわたしを信頼し…わたしは『』になる…」