リゾット・ネエロ × プロシュート W

 肩にふれた指先が…血の冷たさに濡れて震えた。
 地にうつぶせたその顔は…人形のように他愛なく、ガクン…とこの腕の中に落ちた。 
 右腕を失い両脚をもがれ…それでもなおうっすらと見開かれたプロシュートの蒼瞳は…もはやオレの視線をすり抜けて…見果てぬ虚空を凝視していた。

 流血の中で生まれ…流血の中で散った…オレたちの恋。

 ――あれは2年前……。
 プロシュートと組んで、大掛かりな暗殺を手がけた晩のことだ。
 キレイ好きのプロシュートは、肌についた返り血を落とすため…帰りにオレのマンションに立ち寄った。

「シャワー…先に…使うかプロシュート…」
 タオルを渡しながら尋ねると…一応オレに気を使っているらしく、プロシュートは軽く首を振った。
「オメーが『』に入っていいんだぜ!オメーの家なんだしよォ――」

 ――肌についた返り血が…白い石床を淡く染めながら、排水口の中へと吸い込まれていく。
 流れ落ちる水のグラデーションを何気なく目で追いつつ…オレはひとり思い出していた。
 ……獲物を見下すプロシュートの…非情な横顔を。
 薄く結んだ唇が冷たく歪んだ瞬間、切れ長の瞳に鋭い閃光が走り、ターゲットを真紅の血に染めた。

 任務中、他事に心奪われることなど一切ないこのオレの目にも…何故だかその横顔は、くい いるほど鮮明に焼きついた。
 …最近おれは…プロシュートといるとどうもおかしい。
 はずみで指先がふれただけで、弾丸でもかすったようにこの手を引っ込めてしまう。
 説明のつかぬもどかしさに胸を塞がれ、オレは冷たい壁にもたれかかった。

 ――いつもより長く、シャワーを浴びていた気がする。
 乾かした銀髪を帽子で覆い、部屋へ戻ると…プロシュートは靴をはいたまま、ソファーにゆったり寝そべっていた。
「今度はおまえが…利用する番だ…『シャワー』を…使え……!!」
 …促したものの、肘掛けの上で組まれたスラリと長いその脚は、いっかな動くそぶりを見せなかった。

「なんだ……寝ているのか……」
 オレは軽い驚きを覚えながら、足音を忍ばせプロシュートに近寄った。
 暗殺を稼業とするオレたちは普通…たとえ同じチームの仲間であろうとも、寝入り際の無防備な姿など、決してさらけだしたりはしない。
(疲れているにしても、こいつ……よほどオレを信頼しているということか?)
 突然…夜風にふれた夏の湖面のように、心が妖しくざわめいた。

 オレは傍らのストゥールに腰掛け…死んだように眠りこけるプロシュートの寝顔を覗きこんだ。 
 …無造作にくつろげられた純白のシャツのカラーには、飛び散った鮮血のしぶきが点々と、凄惨な暗殺現場の名残をとどめていた。
 職業上のクセで…おれは息を殺すように、プロシュートの白い首すじに見入った。
 細い静脈を斜めに横切るPのペンダントが、ひきしまった胸の上でかすかに隆起している……。

 ――なぜ…そんな行為に及んでしまったのか。
 気づけばオレは、ソファーの背もたれに指をかけ…閉じられたプロシュートの唇にそっと触れていた。
 …男の……それも自分の部下である、プロシュートの唇に。

 思いのほか柔らかな感触に、オレはハッと我に返り、身をひいた。
 キン…コン……
 帽子の先の金属球がぶつかって、水琴のように涼しい音色を奏でた。

「ん…」
 額に右手をあてたプロシュートが…ほのかな夢色を残した寝起きのまつげをゆっくりとオレに向けた。
「リゾット…オメーここで…なにしてるんだ?」
 オレは放心状態で、自分の唇を押さえた。
「ついに…オレ…は…つか……んだオレは…この気持ちの正体を…オレは」

「何言ってんだオメー…」
 プロシュートは深い瞳の奥に微笑を含み…一瞬、何か言いたげに唇を開いた…気がする。
 …横を向いて黙りこくるオレを見て、プロシュートは話題を…変えた。
「しかし信じらんねェェぜ〜〜〜、このオレが自分の家以外で寝るとはなあ〜〜」
 
 ――それが…始まり。
 今となっては…プロシュートがあのとき…オレのキスに気づいていたのかどうか…永遠にわからずじまいとなった……。

 ローマの地平線に沈む最後の夕陽が…血の滴るプロシュートのブロンドを、緋色がかった金髪に染めあげた。
 残酷にえぐられた右頬も、潰れ閉さざれた右の眼も…精神の極限の美しさに彩られたプロシュートの顔だちを、 何ひとつとして損なってなどいないように見えた。
 いや実際……血に洗われたプロシュートの死に顔は…一番彼らしい…凄惨で綺麗な表情をしていたのかもしれなかった。

(ひとりでは…死なせねえ…)
 硬く蒼ざめた唇に、淡い別れのくちづけをして…オレはプロシュートを線路際に横たえた。
 おまえが…ここに留まることを望むような男でないことは、承知の上だ。
 オレは…行かねばならない。
 プロシュート……おまえと望んだ栄光を…この手に……するために…。