ジョージ=ジョースター卿 × ディオ・ブランドー T

「ダニー……よく訓練されてますね?」
 硬質に透きとおった冷たいガラスに、おれは手のひらを押しあてた。
 館正面に位置する3階のこの執務室からは、広大な敷地の隅々までもが見渡せる。
「ジョジョと…すごく仲が良いようだし……」
 楽しげに跳ね回っているジョジョとダニーの輪郭をなぞるように、おれの指先は窓ガラスの上をえぐり落ちた。

「うむ…」
 背後の執務机の上で、カラリ…とパイプの転がる音がした。
[…だがディオ君……君はジョジョと仲が良くないようだね?……」
 温厚なジョースター卿の右手が、おれの肩先にのせられた。
「…………」
 ガラスの上で折り曲げられたまま、おれの小指は動きをとめた。
「いやなに…館の者からそれとなく小耳に挟んだのだがね……」
 ゆったりとした口ぶりで、ジョースター卿はそう言い足した。

 …くつろげられたシャツの隙間から、貴族特有のもったいぶった手つきがしのび込んでくる。
 おれは薄く微笑しながら頭をもたげ、適度に媚を添えた当惑のまなざしでジョースター卿を見上げた。
「仲が良くない?それは信じない方がいいです…ジョジョはジョースター卿とぼくの仲が良いので、妬ましく思って一方的にぼくを疎んでいるんです」

 ネルシャツの下で胸のつぼみをジックリと手慰んでいたジョースター卿は、おれの唇からこぼれる甘い佞言に、柔和なその目もとを細めた。
「うむ……わたしも気にしとらんよ…君への愛情と息子への愛情は別物だからね」
 ストイックな口ヒゲに病的な笑みを漂わせたジョースター卿の両腕が、おれの上体をマホガニーの机に押しつけた。

 ――ジョースター卿の囲われ者となって、半年が経つ。
 執事も召し使いのやつらも皆、口にこそ出さないが…おれがこの館に招かれた真の意味を知っている。
 おれが通りかかるとピタリと止められる、意味ありげな囁きや、慇懃さの中に侮蔑を込めた不快な目配せ。

 階級差別の厳然たるこの英国にあって…『命の恩人の恩に報いるため』などという美談のために、貧民街育ちの子どもを本気で名目どおりの『養子』に迎えようとする貴族など…存在するわけがない。
 頽廃と糜爛した歓楽に首までドップリ浸かった貴族どもにとって『養子縁組』という法律制度は、その実…キリスト教徒が決して口にすることを許されぬ 『この背徳行為』を世間の目から欺き貪るための、体のいい隠れ蓑に過ぎんのだ。

 そして…あのマヌケでおめでたいジョジョだけが、いまだにその事に毛ほども気づかずにいる。

「疲れたろうディオくん!ロンドンからは遠いからね…君は今からわたしの家族だ…わたしの息子ジョジョと同じように生活してくれたまえ」 
 おれがこの館に到着したその日も、ジョースター卿は今日と同じように碧眼を細め…てっぺんからつまさきまで、繰り返しおれの体を眺め回した。
「来たまえディオくん、君の部屋に案内しよう!」

 …部屋は、ジョースター卿の寝室と壁を隔てた隣に位置していた。
 もっとも、二つの部屋は、毎晩卿が滞りなく目的を果たせるよう、隠し扉でひとつにつながれていたのだが…。

 荷物運びのため従いてきた下僕をさがらせると、ジョースター卿は傍らのジョジョに向かって厳格 な口調で命じた。
「ジョジョ…おまえはもう部屋に戻っていなさい」
「はい……」

 ジョジョがオドオドと自室にひっこんだのを見届けたジョースター卿は、おれの背中を親しげに押しながら、部屋の中へとおれをいざなった。
 おれは帽子を取り、深々と礼をした。
「ジョースター卿、ご厚意大変感謝いたします」
「いやいやかまわんよ…それより」

 高価な指輪をはめたジョースター卿の指先が、値踏みするようにグッとおれのあごをつまみあげた。
「ディオ君……君はとても頭がいいそうだが……それならば、わたしが君を引き取った本当の理由を…わかっているだろうね」
(……フン!このエセ貴族め)
 内心唾を吐きかけながらも、おれは13歳の少年相応のしおらしさを装い、羞じらう風情でコクリとうなずいてみせた。

 ――やがて館の皆が寝静まった頃…趣味のよいガウンに身を包んだジョースター卿が、ゆっくりと夜の扉を開いた。
「ディオくん…何をしておるのだ?早く脱ぎなさい」
「ハイ」
 肘掛け椅子に身を沈めて脚を組み、パイプをふかすジョースター卿の前で…おれはまぶたをうつむけ、肩先からローブを滑らせた。

「ほう…ディオ君!」
 彫りの深いジョースター卿の眼窩に、賛嘆のさざめきとともに欲情の影が血走った。
 揺らめく燭台の灯りが、昼間とは違うジョースター卿の横顔を、貪婪に照らし出す。
 従順に腕を投げ出し横たわるおれの上にまたがると、ジョースター卿は陰湿なその沈黙を楽しむように、ゆっくりガウンを紐解いた。
 鍛えられたその体躯の中心は、翼のごとく広げられたガウンの裾のちょうど陰となり…黒々と闇に塗りつぶされていた。

 紳士的な微笑をまったく崩さぬままに、ジョースター卿はおれの腿に手をかけた。
 ジョースター卿の視線と指先が…美術品の点検でもするかのように、露わになったおれの蕾の上に、丹念に凝らされた。
 そうされたままおれは、そっと顔を傾け…暗い窓ぎわに眼をやった。
 軋む夜風がカタカタと、監獄のような鉄格子を鳴らしている。

 そうだ…あのクズに初めて陵辱された晩も…こんな夜だった……。

「あッ…」
 グッと熱い感触とともに、紳士の仮面を剥いだジョースター卿の異常性癖が、鎌首をもたげて深くおれの中にメリ込んできた。
 声など出さぬつもりだったのに、体に刻み込まれた敏感な反応グセがつい、唇をついて出た。
「ディオ君…まさか、男を知っているのかね」
 怪訝そうな顔をして、ジョースター卿はおれの顔をかえりみた。

「…いやぜんぜん」
 謎でもかけるように落ち着き払った微笑を浮かべ、おれはジョースター卿の眼をひたと見入った。
 琥珀色に光るこの瞳に見つめられると、誰もがおれの魅力に抗せられず黙り込むことを、おれはよく…知っている。
 ジョースター卿ののどがゴクリと動き、生唾を飲み込んだ。
「いやいや喜んどる!熟れた無花果のような味だよ…すばらしい体だ!」
 言うなりジョースター卿は、おれの肩を性急につかみ寄せた。

 自分の息子と同い年のおれの肉体を、後ろ暗い情動で夜通し味わいつくした後…ジョースター卿はシーツに波うつおれの金髪をすくいとり、契約の代価を囁いた。
「ディオ君…不自由なことがあれば、なんでもいうがいい!援助はおしまない…君はわたしの家族なんだからね」

 あれだけ楽しんだくせにまだこの体に未練があるのか、ジョースター卿の指先は、またしてもおれの白いわき腹の下へと吸い込まれた。
 おれは娼婦のように嫣然と微笑み、再び熱をおびてきたジョースター卿のそれに指を添えた。
「貧しい出身のこのぼくにチャンスを与えてくれてありがとうございます…励みたいと思います」

 そう…これは契約だ。
 ひとりでも生きられるが…昇りつめるために、利用できるものは何でも利用してやる…たとえこの体だろうがな!
 そして……おまえら父子はいずれ知るがいい……その代償の大きさを!

「行くぞダニーッ!」
「ワンワンワンワン」
 ――窓の外からジョジョたちの歓声が聞こえてくる。

「フフ……お義父さん…ご気分はいかがですか?」
 書類の山積する机上で義理の息子に体を開かせ、執務という名の快楽に淫するジョースター卿を…おれは寵を得た者だけが許される秘密めいた馴れ馴れしさでからかった。

「ディオ君それは……実の息子の声を耳にしながら、義理の息子を犯す気分…ということかね?」
 ジョースター卿は隠微な笑いを浮かべ…白い粘液に濡れたおれの両脚を再び抱えなおした。
「ええ…そうです、お義父さん」
 おれは甘えかかるようにジョースター卿に腕を絡め、とどめに瞳で殺しておいた。

「うむ……正直なところ興奮するよ…だが、ジョジョにはくれぐれも勘づかれないようにしてくれたまえ……ディオ君…いいね?」
 ジョジョに対しては一度も使ったことがないのだろう、甘く仄暗い口調で念を押しながら…ジョースター卿は、おれのうなじへと舌を這わせた。
「ハイ」
 殊勝におれはうなずき…ジョースター卿の気に入るように、首すじを心もちそらしてやった。